エピローグ


 悪魔がグラドーを占拠した大事件から数日、私たちは問題なくその首都に居を構え、いつも通りの生活を送っていた。いや、少し語弊があるか。一切問題がないということはないのだから。
 街の人々はジュネスを恐れている。悪魔の力が彼に宿ることが周知の事実になってしまったのだからして、当然だろう。
 しかし、ジュネス自身は気にしていないようだ。マイペースに日々を過ごしている。彼が優秀な魔法使いであるのは変わりないため、仕事は定期的に頼まれる。よって、生活にも困っていないらしい。
 一方で、私はさっそく生活に困っている。
 ジュネスが悪魔の手先と疑うのは市井ばかりでは無い。国王陛下も貴族も、彼を疑った。それゆえ、今回の事件は、私たちが悪魔と結託していたのではないか、とまで考えられた。最悪の結果――例えば、ジュネス含め、私やイーヴェラさんが極刑を科されるような事態は避けられたが、それでも無罪放免とはいかなかった。当然ながら、私が今回の件の報酬を打診したところで、あっさりと追い返されるのが関の山である。
 つまり、今回の悪魔事件は見事に無報酬なのだ。
 ……ふぅ。
 ああ、そうそう。イーヴェラさんたちは皆無事だった。さすがに無傷とはいかなかったようだが、命を落とした者は一人としていない。悪魔を滅ぼし、あるいは追い返し、大手を振って山へと帰って行った。
 イーヴェラさんとNzib・Nztwzovmvの関係が気になりはするが、そこは尋ねない方がよいのだと思う。ちなみに、Nzib・Nztwzovmvは深手を負いながらも逃げ出したとのこと。いずれまた対峙することもあるかもしれない。
「おい!」
「うお! な、なんだ、ジュネス!」
 考え込んでいると、座っていた椅子を蹴られた。それほど強い一撃ではなかったため、椅子ごと転がるというような事態にはならなかったが、それでもその衝撃たるや。
「飯でも行こうぜって言ってんだよ。なにボケっとしてやがる」
 ああ、口が悪い。ついでに目つきも性格も悪い。まさしくジュネス・ガリオンだ。
 ギロっ!
 おっと、いけない、いけない。また顔に出ていたようだ。
 こほん、と一度咳払いをして、応じる。
「君の奢りならば行ってもいいぞ。フルコースがいいな」
 実質的な断りの言葉を口にした。
 自慢では無いが、私の今の懐具合は一日一食が限界だ。
「いいぜ」
 がたんッどたッッ!!
「何やってんだ?」
 呆れた瞳を向けられたが、そんなことはどうでもいい。いま私の友人が発した言葉は、椅子から転がり落ちるに足る程の驚天動地だったのだ。
 ジュネス・ガリオンが食事を――しかもただの食事ではない。フルコースを奢るというのだ。
 ……あり得ん。
「天変地異の前触れか?」
「金が入ったんだ」
 あっさりとした答え。しかし、いくら金が入ったとはいえ……ん?
 ジュネスの机の上に封筒が二通あった。片方の宛名はジュネス・ガリオン殿。そして、もう片方は――
「ジュネス。この封筒は、なんだ?」
 尋ねると、彼は口の端を歪めて、意地悪く笑った。そして、ふいっと肩をすくめる。
 もう一つの封筒の宛名は、カリム・ログタイム殿。疑うべくもなく、私だ。更には、封筒にはもう一単語書き添えられている。
 金一封、と。
「あの金髪の坊ちゃん騎士殿とはた迷惑な妹が置いていってね。はした金だが、まあ食事代くらいにはなるぜ?」
 いけしゃあしゃあと、英雄が――いや、悪魔が言う。
 私は怒りで肩が震えるのを止められなかった。血圧がグンと上昇するのを感じる。
「――っっ!! ジュネスっっ!! 君というやつは!!」
「うるせーよ、バーカ」
 呟かれた雑言は、しかし、どこか機嫌が良さそうだった。
 こ、この悪魔めッ!

 彼の悪魔的所業も、英雄的活躍も、私は書き連ねる。包み隠す必要など無い。なぜなら、それらの全てが、彼の人生という物語なのだから。
 私はこれからも記し続けるだろう。英雄ジュネス・ガリオンの伝説を。

カリム・ログタイム


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