悪魔 03


 湖の畔で、ジュネスと私、イーヴェラさん、ギリュウ殿、水竜たるライエル殿、そして、炎竜たるミッシェルさんが顔をつきあわせていた。悪魔に占領された首都グラドーを奪還するための作戦を練っているところである。
 低級悪魔、中級悪魔程度であれば、ここに居る方々は私を除いて全員、難なく倒すことが出来るという。以上を踏まえると、多勢に無勢という状況は回避できそうだ。課題は上級悪魔のみとなる。
「なあ、ババア。俺の時はどうしたんだ?」
 ジュネスが寝転んで空を見上げながら尋ねた。
「ババア言うな! ……あんたの時はここまでの騒ぎになる前に、あんたがQvhfh・Xsirhgの魂を押さえ込んだのよ。悪魔どもの召喚もさほどされなかったし、残ったやつをあたしが叩いてお終い」
 ジュネスは三歳になったばかりの頃、流行病にかかって命を落としてしまった。その現実を受け止められなかったのが、イーヴェラさんの弟子であり、ジュネスの両親だったガリオン夫妻だった。反魂の法――死者を蘇生する闇の術をジュネスにかけたのだ。その結果、Qvhfh・Xsirhgという名の悪魔が召喚されてジュネスの体を一時的に支配してしまった。
 Qvhfh・Xsirhgは手始めにガリオン夫妻を亡き者として、続いてグラディアス王国を手中に収めようと動き出す。ところがそこで、先程のイーヴェラさんの話にもあったとおり、ジュネスの魂がQvhfh・Xsirhgを押さえ込んだのだという。
「ジュネスは元々潜在魔力が高かったけど、あの一件で更に悪魔の魔力の一部までもを扱えるようになった。グラディアス王国で最も優秀な魔法使いと言われる所以はそこね」
「一部、ですか。悪魔の全魔力を引き出すことはできないのですか?」
「可能は可能。ただ、危険ね。ジュネスがQvhfh・Xsirhgを押さえている、というのは、要するに魔力を押さえている、ということ。魔力を押さえているからこそ、Qvhfh・Xsirhgはジュネスを支配できない。逆をいえば、Qvhfh・Xsirhgの全魔力をジュネスが利用しようとすれば、Qvhfh・Xsirhgに支配されてしまう可能性がある。Hzgzm・OfxruviやらNzib・Nztwzovmvやら、ただでさえ手強い上級悪魔が揃ってるっつーのに、悪魔化したジュネスの子守なんぞしてられないわよ」
 悪魔化したジュネス、か。目つきの悪さは変わらず、せいぜい羽が生えるくらいだろうか。普段から悪魔みたいな態度の悪さだからな、彼は。
 ギロっ!
 睨まれた。いけないな。私は考えていることがつい顔に出てしまう。
「ま。悪魔は大抵、人間をなめてかかってるわ。古代竜の時と一緒で工夫すれば倒せないことはないでしょう。ジュネスが全魔力を引き出すとか、そういう裏技はやらないよーにする。いい? 基本は――」
 イーヴェラさんは辺りを見回して、ライエル殿とミッシェルさんに瞳を向ける。
「山に住んでる子たちで、中級悪魔くらいまでなら相手に出来そうな子を集めて。判断はあんたらに任せるわ」
『はーい。人間の国がどうなろうと気にしないけど、ヴェラちゃんの頼みとあれば、ね』
『ま、いいけど。暇つぶしにはなりそうだよね』
 竜種であるミッシェルさんとライエル殿にとってみれば、グラドーが悪魔に占領されていようが、自分の住処であるこの山が被害を受けなければどうでもいいようだ。まあ、当然といえば当然か。
 大きな翼で羽ばたく二種の竜を見送りつつ、イーヴェラさんは更に言葉を続ける。
「雑魚はミッシェルとライエルが連れてくる子たちに任せるわよ。上級悪魔がどのくらい居るかわからないけど、Nzib・NztwzovmvやHzgzm・Ofxruviほどの強敵は少ないでしょう。雑多な上級悪魔は、ミッシェル、ライエル、それとギリュウ、あんたらで相手してもらうわ」
 名指しされると、ギリュウ殿は大きく笑った。そして、ドンと胸を叩く。
「応よ! 古代竜の時はあまり活躍できませんでしたからな。腕が鳴ります」
 そう言って、力強く拳を突き出した。空気を切る音が鋭い。
「んで、あたしはNzib・Nztwzovmvの相手をするわ」
 イーヴェラさんは、あっさりとそう言った。話を聞いている限りでは、Nzib・Nztwzovmvというのは別格の上級悪魔のようだが……
「お一人で大丈夫なのですか?」
 思わず尋ねると、彼女はにっこりと笑った。
「カリムくん、やっさしー。ジュネスやギリュウとは大違い」
「今さら貴女の心配などしますまい」
「ババアの心配なぞするわけねえだろ。無駄だ」
 二名が素早く切り返した。
 信用している、ということなのだろうが、言い回しがあんまりである。特にジュネス。
「ったく、可愛くない。ま、でもこの子たちの言うとおり、あたしのことは心配無用よ。それよりも――」
 ジュネスへ視線を向けるイーヴェラさん。
「Hzgzm・Ofxruviの相手はあんたよ。なるべく魔力を温存した状態で相手をさせるけど、いける?」
 話の具合からして、Hzgzm・Ofxruviが一番厄介な相手に違いない。こちら側で最も魔力の強い者はジュネスなのだろうが、彼でHzgzm・Ofxruviに太刀打ちできるのか。私には判断できない。
 しかし、英雄はニヤリと笑み、
「当然だ」
 あっさりと言った。


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