竜 03


 首都グラドーから南西に向かった地。そこにはイェーメという村が在る。蜜柑が名産品の長閑な村だ。
 その長閑な村は、現在痛々しい程の緊張状態が続いている。というのも、ごろつき紛いの傭兵達が昨日から駐屯しているためである。
「この村の連中も気の毒な話だな。目付きの悪ぃ奴らばっかで落ち着かねぇだろ」
「私が村人と世間話をした結果、圧倒的多数の支持を得たキングオブ目付き悪い奴は君だぞ?」
 先ほど仕入れた情報を開示してやると、ジュネスは仏頂面を携えて、光栄だな、などと呟いた。実際どう考えているかは……まあ知らんがね。
「時にカリム。まだ今回のスポンサーが誰か聞いてねぇぞ。どこのどいつなんだ?」
 ジュネスが尋ねた。
 そう。今回の件、傭兵が多数集っていることからも分かる通り、軍は動いていない。面子を気にする軍が、ジュネス単独ならともかく、不特定多数の助けを借りようとするはずがない。
 軍は、私がジュネスの出動をちらつかせても、結局重い腰を上げなかったのだ。
 ……皆様は、そんな体で面子も何もないだろう、などと思われたことではないか。私もそう思う。
 さて。そんなことはともかくとして、今回のスポンサーをご紹介するとしよう。ジュネスも隣で渋面を携えて待っていることだしな。
「今回私達――というか、ここにいる全員に報酬を支払い、この村での滞在費をも持ってくれるのは、レウニオン卿だ」
「レウニオン? そいつは確か……」
「ああ。この前の事件でご息女を亡くされている、あのレウニオン卿さ……」
 魔獣デルタ事件で亡くなった貴族の令嬢というのが、ミライア・レウニオン。子爵ガンダルフ・レウニオンの一人娘だった…… あの事件で亡くなった中で、唯一事情の違った少女である。亡くなった少女たちに共通していた『男遊びの激しさ』は彼女になかった。何故狙われたのかが未だに謎なのである。
「娘を亡くしたばかりだっつぅのに、世のため人のためか。へっ。ご立派で頭が下がるね、まったく」
 明らかに馬鹿にした風だが、実際はそうでもない。ジュネスが相手のことを本当に気にくわない時は、何も話さなくなり、眼光だけが鋭くなっていくのだ。
 今回はどちらかといえば機嫌がよさそうだ。レウニオン卿のことを気に入った証拠だろう。素直に認めることはないと思うがね。
「にしても、無駄に多く雇ったな。貴族様は節約って言葉を知らねぇのか?」
「相手が相手だからだろう? 君でも勝てるかどうか怪しいという話じゃないか」
「はっ。問題は質だろ。雑魚を大量に集めてもよぉ! 死体の山ぁできんのが、関の山だっつぅの!」
 大声でそう口にして意地悪く笑うのだから、悪く言われていない私まで若干腹がたった。ましてや、対象たる傭兵達など言わんがもや、だ。
 しかし、ジュネスがいる限り、彼等がこちらに文句を言ってくることはないし、因縁をつけてくることもない……はずだった。
「誰がザコだボケごらあぁあ!」
「な――っ!」
 ボサボサ頭に半裸という、野性動物のような出で立ちの男が、叫びながらジュネスの襟を掴んでいた。鋭い眼光がまた、獣らしさを醸し出している。
 しかし、これはまずいだろう…… 野生男の命が危ないという意味で。
「ま、待ってください。その男の非礼は私が詫びます。ですから――」
「なぁんてな!」
 は?
「がはははっ! おい! すっげえ久しぶりだってえのに、てめぇは相変わらずだな! ガリオン!」
「お前こそ、声はでけぇわ。半裸だわ。うぜえ。消えろ」
 えーと……
 野生男はすっかり友好的だし、ジュネスはジュネスで暴言を吐きながらも機嫌がよさそうだ。
「知り合いなのか?」
「ん? あぁそうか。お前は初めてだったか。こいつはギリュウ・ラ・ザム。犬と呼べ」
「犬って君……」
 さすがにその呼称はどうなのだろう……
 私の呟きにはとりあわず、ジュネスが顎でこちらを示す。そして、ギリュウ殿に対して私を簡単に紹介した。
 そうしてから、話を続ける。
「で? 犬。お前がいるってことはあの女もいるんだな?」
「イーヴェラ様か? あの方は宿で休んでるぞ。来るか?」
 尋ねられると、ジュネスは本当に嫌そうな顔をした。イーヴェラという方のことを嫌っているのだろうか?
「はっ。誰が! あんなババァに会ったら、ババァ臭くなっちまって敵わ――」
「だあれが、ババァなのよ!」
 がっ!
「うわ!」
 お、驚いた。
 少女が甲高い声を響かせながら、ジュネスに体当たりしたのだ。
 ジュネスは彼女の頭が当たった腰の部分を押さえ、苦痛の声を漏らしている。
 というか、この少女――いや寧ろ幼女と呼ぶべきか。そんな彼女がジュネスの言っていた――
「てめぇ! このババァ! 何しやがる!」
「ババァじゃない! ヴェラちゃんって呼べ!」
「断る! てめぇみたいな若作り! ババァで充分だ!」
 やはり彼女が『ババァ』らしい。
 先程も記したとおり、私の視線の先にいるのは、どう見ても幼女なのだが……?
「このババァは今年で60になる、正真正銘のババァさ。見た目が幼いのは魔法だな」
 私が訝しげにしていたからか、ジュネスが説明してくれた。
 ……魔法とはそんなことまでできてしまうのか、などと驚いていると――
 ……………えぇと。
「あの、何か?」
「いや、ジュネスの馬鹿に友達がいるなんて珍しくてつい…… っていうか、友達なんだよね?」
 イーヴェラさんにマジマジと見られていたので何事かと思ったが、そういうことか。
「えぇ。友人です」
「ほー。こいつは古代竜より珍しいわね。拝んどこ」
 言葉どおり、手をあわせて拝みはじめるイーヴェラさん。
 しかも、ギリュウ殿まで拝みだしたのだから、私たちは周りから何の集団だと思われているのやら……
 ばぁんっ!
 その時、何やら大きな音がした。
 機嫌を損ねたジュネスが地面に八つ当たりでもしたのかと思ったが、違うらしい。彼は険しい顔を村の東方へ向けている。
 さらには、拝んでいたイーヴェラさんやギリュウ殿もまた、真剣な表情でジュネスと同じ方角を見つめている。
 もしや――
「りゅ、竜だっ! 竜が出たあぁあ!」


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