番外編2『季節と戯れる者』春




 桜舞い散る春の日。俺こと富安泰司は近所にある大きめの公園にて呆けていた。別に暇なわけではない。大切な任務の最中なのだ。春先には必ず、戦士たちが生命を賭して従事する任務。
 そう。言うなれば――花見の場所取り中なのである。
 先程『暇なわけではない』とか言ってしまったが、嘘だ。滅茶苦茶暇だ。携帯ゲーム機を持ってきたはいいが、既にやり尽くした感があるため全く楽しめない。
 最近のRPGはやり込み要素ばかり増やしていて無駄に時間がかかる。正直惰性で続けることしかできやしない。楽しんでずっとやり続けられるゲームなどひと握りであろう。
 ぴっぴっ。
 おっ。レア地図ゲット。後で尚子に500円くらいで売るか。
「あれ。ちゃんと場所取れてる。泰司にしてはヤルじゃない」
 突然聞こえた声。噂をすれば影というやつか、くだんの速水尚子殿である。飲み物が入っているだろう段ボールを鵬塚と共に運びながら、こちらへやって来る。
 だんっ。
 段ボールをビニールシートの上に乱暴に落とす2人。女子の手には余る重さだったようだ。
「……がと……んね……」
 端正な顔に笑みを浮かべ、それでいて申し訳なさそうに眉を下げ、もう1人――鵬塚真依が言った。
「気にするな。公平にじゃんけんで決めた場所取り係だ。そっちこそ荷物運びご苦労さん」
 コクコク。
 笑顔で頷く鵬塚。こういうジェスチャー主体なコミュニケーションと聞き取りづらい声がこいつの特徴だ。
「あ。真依。泰司の代わりに場所取りしてていいよ。残りの荷物はあたしと泰司で運ぶからさ」
 こいつは何を勝手に…… まあ、構わんが。
 重い腰を上げると、ふと鵬塚の顔が目に入った。妙に納得のいかないといった表情をしている。
 ……あぁ。
「尚子。お前が休んでろ」
「は? 何よ突然。親切にされてもあんたなんかには惚れないわよ」
「全く期待してねぇ」
 思わずギネスに登録されそうな程の素早い切り返しをしてしまった。
 それはともかく、と。
「初めての花見に加えて友人との楽しい協力。こいつが喜びそうな作業だろ? 休みたくないんじゃねぇかと思ってよ」
 フルフル。
「……じ……ない……んゆ……」
「はいはい。『親友』との楽しい協力、な」
 律儀に言い直してやると、不満げにしていた鵬塚はコクコクと嬉しそうに頷いた。
 そして、尚子もまた鋭くしていた瞳を和らげ、笑う。
「なるほど。そういうことなら遠慮なくあたしが番してるわ」
「おう。任せた。さあ、鵬塚。行くぞ」
 コクコク。

 俺たちは、花見をしたことがないという鵬塚のために、ささやかながら花見の席を用意することにした。一時はどこぞの馬鹿兄が『八沢市中のソメイヨシノを1カ所に集中させて盛大な花見を!』などと暴走しかけたが、そこは何とか説得して、近所の公園にある数本の桜を肴にささやかな宴を催す、ということで落ち着いた。
 そして、その宴のために鵬塚家から運んできた荷物は次の通り。缶ジュース詰め合わせが2箱、2リットルのペットボトルが5本、ワインが2壜、クーラーボックスが2つ、弁当を詰めた重箱が6つ、紙コップや割り箸などの諸々が多数。
 鵬塚と共にえっちらおっちら全てを運び終えた感想は――
「多くね?」
 予定では、参加者は5名のはずだ。流石に過多である気がする。
「そうかい? 少なめにしたつもりだったのだが…… 富安くんは重箱の3つや4つ完食できるだろう?」
「できねぇよ!」
 無茶ぶりをしたのは鵬塚の兄、鵬塚永治だ。穏やかな笑みがデフォルトの胡散臭い男である。美形なのも気に食わん。
 くすくすと笑い、鵬塚兄は腕を組んだ。
「冗談だよ。足りなくなっても困るからね。少し多めに作ったのさ。手は抜いていないから安心してくれたまえ」
 男の手料理という時点で安心も糞もなく、所謂ひとつのがっかり要素なのだが、気にしないことにしよう。実際問題、鵬塚兄以外で料理を出来る人間がいないのだから仕方がない。
 半ニートでゲームマニアの鵬塚が料理など出来るとは思わないし、本好きファンタジー脳の尚子にも期待など出来やしない。遅れてくるという後輩の岬俊耶もまた、料理などするイメージではない。
「さて、早速だが飲み物が欲しいね。富安くん。頼むよ」
 鵬塚兄が荷物の中からワイングラスを取り出し、言った。
 仕方ねぇな。えーっと、コルク抜きは……あった。どれ。
 ぽんっ。
 小気味のいい音に伴い、コルクが抜ける。そして、芳醇な果実の香りが鼻をくすぐった。匂いだけ嗅ぐと美味そうだよな、ワインって。
 トクトクトク。
「真依と速水さんも好きなジュースを取りなさい。富安くんもね。ああ、富安くんは残った飲み物をクーラーボックスに詰めてくれないかい?」
 人使いの荒いやつだ。
 まあ、岬がまだ来ていない上に、俺以外が女2人と中年1人ともなれば、労働力として従事せにゃいかんことは予想がついた。ったく。クロードの奴、これを見越して来なかったんじゃねぇだろうな。
 本日『面倒くせぇ』といって来なかったクロード=ミシェル=ドラノエという留学生の顔を思い出し、ため息をつく。彼は金髪碧眼の美形フランス人だが、目つきが鋭く言葉遣いが乱暴であるため、あまり友人がいない。かくいう俺も友人かどうか微妙なところだ。一時、敵対していたこともあるくらいだ。
 それはともかく、最初は何にするかな。よし、コーラにしよう。
 じゅわっ。
 ペットボトルの蓋を開けると、爽快な音が響く。炭酸飲料が発する特有のノイズは人類の宝だ。
「あたしはリンゴジュースにしよ。真依は?」
 段ボールを乱暴に破り、中から目当てのものを取り出す尚子。そして、鵬塚の方を振り返り尋ねた。
「……こちゃ……じの……よ……」
「そう? じゃあはい」
 尚子は自分がとったものと同じものを鵬塚へ差し出す。ちなみに鵬塚が発した言葉は『尚子ちゃんと同じのでいいよ』である。主体性のないやつだ。
 ぶんぶんぶん!
 と、そこで何かに気づき、懸命に手を振り出す鵬塚。何だ?
 ……あの野郎。このタイミングで来るか。
 俺らの視線の先には、小さく片手を挙げて鵬塚に応えている岬俊耶の姿があった。
「どうもっス。すみません。遅れました」
「タイミングのいい奴だな。ついさっき荷物運びが終わったとこだぞ」
 声をかけると、岬はにっこり笑んだ。
 何だ?
「狙い通りっス」
「よぉし。お前、コーラ一気飲みの刑な」

『かんぱぁい!』
 こんっ。
 コーラ、ワイン、リンゴジュース、そして麦茶で乾杯し、さっそく鵬塚兄以外の全員で弁当を貪る。相変わらず美味い。極上の味とは言えないが、文句をつけ難い一般的な家庭の味である。
 鶏の唐揚げを1つ、2つ、3つ、4つと際限なく口に運ぶ。
「富安くん。たくさんあるのだから落ち着いて食べなさい」
「へーい。あ、岬。おにぎり取ってくれ」
 岬が座っている近くに、湿った海苔がぺったりと張り付いた手の平サイズの食べやすそうなおにぎりがあった。先程聞いた説明によれば、具は梅、昆布、明太子、焼きたらこの4種らしい。
「どれがいいスか?」
「梅」
 言いつつ、今度はショウガ焼きに手を伸ばす。肉が多くて素晴らしい弁当だ。
「どぞ」
「おう。サンキュー」
 差し出されたおむすびを受け取り、さっそくかじる。唐揚げの油で充ちていた口の中がリフレッシュされた。爽やかな梅の香りが鼻孔を抜けてゆく。素晴らしい。実に素晴らしい。
「タコさんウインナー…… 永治さんって器用よね」
 コクコク。
 ぱくりとウインナーを1口で食らう尚子の隣で、鵬塚は同じウインナーをちびちびと5口もかけて完食している。対照的な女共である。
 ごくごくごく。
 おっと。コーラなくなっちまった。
「尚子。ペットくれ」
「コーラでいいの?」
「おう」
 コーラくんはクーラーボックスから取り出され、尚子から鵬塚へ渡され、ようやく俺の元へとやってきた。蓋を緩めると、しゅわっと小気味のいい音が再び漏れる。さっさと飲みきらないと炭酸が抜けて微炭酸化するのがこの子の欠点だ。
 こぷこぷこぷこぷ。
 紙コップになみなみと注ぎ、ペットボトルをそのまま俺の脇に置く。俺しか飲まんようだし、専有させてもらおう。多少ぬるくなるのは我慢する。
 くいくい。
 その時、俺の右腕の袖口が主張した。この袖くんはしばしば我が親友殿の代わりを務めて自己主張する。簡単に言い換えると、鵬塚が俺の袖を引っ張っている。
「何だ?」
 ぱくぱくぱくぱく。ごくごく。
 フライドポテトや煮カボチャ、ミートボール、唐揚げを食し、コーラを飲み、そのついでに尋ねる。鵬塚は眉をハの字にして皆を見渡している。
 ここでいう皆とは俺らだけのことでなく、同じく花見をしている他の団体をも含む。
「…………………」
 沈黙。声が聞き取りづらいわけでなく、ただただ沈黙している。何か考え込んでいるようにも見える。
「おい。どうした?」
 レバーの塩焼きとおにぎりを咀嚼し終えてから、再度問いかける。
 小首を傾げ、鵬塚は不思議そうに、本当に不思議そうに口を開いた。
「……ら……いの……」
 ………………………………………………………………
「どうしたの?」
 ごくごく。
「食べないんスか? こっちのハンバーグもおいしいっスよ?」
 もぐもぐ。
「昼間からワインというのもたまにはいいものだ。ん、真依?」
 すぅ。ごくっ。
 各々が飲みながら、食べながら問いかけた。彼らの意識は決して、咲き誇る彼らにも、舞い散る彼らにも向かない。
 先人は本っ当に適切な言葉を残したな。
「俺らも『花見』、初めてなのかもな」
『は?』
 訝しげな面々。
 花より団子とはよく言ったものだぜ、まったく。
 先程、鵬塚は言った。『桜、見ないの?』と。
 ……あぁ、鮮やかなピンクが綺麗だなぁ。ははははは。
 はあぁあ。



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