番外編1『消費する者』 3




 先ほど通った交差点のところにマクドナルドはあったのだが、やはりコンビニ店員のローテンションで経験をつんでおいた方がいいだろう、と俺だけでなく尚子や岬も考えたようで、スルーした。
 いやまあ、コンビニ店員の全てがローテンションであるとは限らないけれど、それでもマクドナルドに比べればローテンション率は高い気がする。たまにローテンション過ぎて会計の値段すら口にしないやつもいるし。あれは困るな、地味に。
 と、そんなことはどうでもいいか。
「さて。では何を買うかだが――」
「それもあらかじめ決めとくんスか?」
「なるべく決めておけることは決めといた方がいいだろ。その場になるとてんぱりそうじゃないか?」
「まあ、一理あるわね」
 フルフル。
「……い……ぶ……」
 鵬塚は首を横に振り、大丈夫、などと言っているが、信用できやしない。
「そう言うな。意地を張っても仕方がないぞ。誰だって初めての時は緊張する。緊張している時は、普段よりもてんぱりやすいもんだ。大人しく、買うもんくらいは決めておけ」
 声をかけると、鵬塚はしばらく不満そうにしていたが、やがてゆっくりと首肯した。
 素直でよろしい。
「さて。じゃあ何にする? 中華まんでしょ?」
「ああ。炭火焼き鳥串とかフランクフルトとか発音するよりは、何とかまんって発音する方がしやすい気がするし」
「それはそうかもしんないっスね。富安先輩、意外と考えてるんスね」
 意外とは失礼な奴だ。まあ、別にいいが。
「さて、ここはスタンダードに肉まんでいいんじゃないか?」
「はあ? スタンダードってんならあんまんでしょ?」
 言ったのは尚子だ。
 こいつのことは今まであほだあほだと思ってきたが、ここまであほだとは思わなかった。中華まんの代表選手といえば肉まんに決まっているじゃないか!
「何言ってやがる! 肉まんだろ、そこは! そもそも温かいあんことか意味分からん!」
「そっちこそ何言ってんのよ! あんこはできたてのときはあったかいものなの。何でもできたてがおいしいのは考えるまでもないこと。ならば、よりできたてに近いあったかいあんここそパーフェクトなあんこなのよ! そして、それゆえにあんまんは最強! それにね! 肉まんって醤油ベースで味が微妙なのよ! あれよりだったらファミマの塩豚まんでしょ! 肉には塩よ、やっぱり!」
「はあ!? 聞き捨てならん! 肉まんの味こそ中華まんの味だろ! 塩豚まんがまずいとは言わんが、それでもあれは邪道だ! 邪道!」
「あったまかたいわね!」
「何を!」
「まあまあ」
 店先でヒートアップしてしまった俺たちを、岬の呆れを多分に含んだ声が止めた。
「岬! お前は肉まんだろ?」
「あんまんよね、岬」
 尚子と共に詰め寄ると、どうでもいい、といった表情を浮かべ、岬はだるそうに口を開く。
「僕はそういうありきたりなのより、チャーシューまんとか餃子まんとか、変り種なのが好みっスけど――」
 むぅ。こいつ、新人類というやつか。あんなの興味本位で一回食ったらそれでさようならだろ。やはり、いつの時代も愛されるスタンダードな肉まん――あんまんでは決してない――こそが最高の中華まんと言えるのではなかろうか。
 そんなことを考えていると、岬が更に先を続ける。
「ところで、鵬塚先輩がさっさと一人で入って行って、レジに向かってますけどいいんスか?」
『へ?』
 岬の言うとおりだった。あいつ、蒸し器を一瞥してからレジに突撃しようとしている。
 ……俺と尚子の会話の初期の段階では、あいつが俺の隣にいたことは認知していた。とすれば、肉まんかあんまんかという進言は耳にしていたことだろう。問題はそのうちどちらを買うか、だ。
 信じているぞ、鵬塚。
「やっぱ苦戦してるようっスね」
「そうね。レジのお兄さん、耳の遠いおじいさんみたいになってるし」
 確かに、バイトのあんちゃんはレジから身を乗り出して、一所懸命に鵬塚の言葉を聞き取ろうとしている。というかあいつ、力いっぱい叫べば、一応俺たちの日常会話レベルの音量は出せるんだから、そうすりゃいいだろうに…… まあ、やっぱ緊張しているのだろうけれど。
「あ! レジのお兄さんが蒸し器の方に行った! 上手く行ったのかな!」
 嬉しそうに尚子が叫ぶ。
「いや待て。鵬塚を手招いている。中華まんを注文しているのは察したけど、具体的にどれかっていうのはまだ聞き取れていないんじゃないか?」
「そうみたいっスね。あ。鵬塚先輩、結局指差してますよ」
 ……確かに。ふぅ。これじゃ買い食い試験百点満点とはいかんな。
 まあ、ジェスチャーでの買い食いはいかん! とは言わんが、それでも満点を与えるに足る結果ではあるまい。
「初めてならこんなもんでしょ、ね?」
 尚子もまた同じように考えていたのか、苦笑してこちらを見た。
「そうだな。あとは何を買ったかで合否を決めよう。この際、肉まんでなくても――あんまんでも合格にしてやらんでもない」
「ま、あたしも肉まんでも一応合格にしてあげるよ。真依、頑張ったもん」
 そうなると合格は確実ってことになっちまうな。甘すぎる気がしなくもないが、まあいいか。
「なんか、初めてのお使いを見守るお父さんお母さんみたいっスよ?」
『気色悪いこと言うな』
 声を揃えて岬に抗議していると、鵬塚が帰ってきた。
 英雄のご帰還だ。
「おう。お疲れ」
 コクコク。
 鵬塚はビニール袋に入っているものを大事そうに抱え、顔を輝かせて首肯する。よっぽど嬉しいらしい。
「よかったね、真依」
 コクコク!
 尚子の言葉を受け、鵬塚はやはり貧血を起こしそうなほどに激しく首肯する。本当に嬉しいらしい。
 なんとも微笑ましい動物だ。
「それで、何を買ったんスか?」
 岬が訊いた。
 鵬塚はビニール袋をガサゴソと探り、暖かそうな物体を携えて口を開いた。
「……こ……まん……」
『不合格』
 チョコまんは邪道だ、という意見には、尚子も賛同してくれたようだ。



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