番外編1『消費する者』 2




「つまり、これから憧れの買い食いをしに赴くということっスか?」
 文芸部部室で文庫本を読んでいた唯一の一年生部員である岬が、戸惑った様子で尋ねた。
 俺と尚子は曖昧な返事をし、鵬塚だけが真剣な様子でコクコクと懸命に頷いている。彼女の表情は強張っており、これから迎える時への期待と不安が窺えた。
「……えーと、どこへ?」
 岬は何から突っ込んでいいものか迷ったのだろう。最終的にどうでもいい質問へ落ち着いたようだ。
「予定としてはまずコンビニで中華まん。そのあとにマックに行こうかと考えている」
 俺の中では、コンビニは適当にグダグダで対応してもいける印象だが、マクドナルドは気合を入れていないと余計なものを買わされそうだ。あと、店員が妙に元気がよくて、マクドナルドでは自分もテンション上げないといけない気分にさせられる。鵬塚にとってはレベルの高すぎる場所なのではないかと踏んでいる。
「はあ。そうですか」
 生返事をする岬。どうでもいいなーとか思っているのだろう。
 まあ分かる。俺もお前の立場だったなら、どうでもいいなーと思っただろう。しかし、鵬塚の事情を知っている身としては、買い食いという一大イベントに付き合わずにはいられないのだ。
 俺の隣で真剣な表情を携えている少女、鵬塚真依は、少しばかり特殊な境遇にいる。面倒なので詳細を語ることは避けるが、彼女は幼い頃から人との関わりを遮断されて生きてきた。そういう処置が必要だったとはいえ、かなり気の毒だと思う。
 そして当然、彼女は学校へ通うことなどなく――いやそれどころか、外出など全くせずに過ごしてきたのだ。ならば、買い食いなどできるはずもない。
 彼女がその学生特有――とも言い切れんだろうが――の消費行動を知ったのはいつのことだったかは知らない。それを知った時、どんなことを思ったのかも知らない。もしかしたら、決して行うことができない行為を思い描き、枕を涙で濡らしたのだろうか。それとも、いつかできることを祈り、日々の寂寥感に耐えてきたのだろうか。
 うおっと。やばい。心の汗が目から垂れそうに…… こういうの結構弱いんだ。
「で。部長も行かれるんスか?」
 岬が尚子に瞳を向け、尋ねた。
 尚子はコクリと一回頷く。
「うん。せっかくだしね。というわけだから、今日は部活休みにするけど…… 岬はどうする?」
「……そうですね。一人でここにいるのもアレなんで、お付き合いします」
 ぱあ!
 鵬塚の顔が輝いた。
 岬も彼女にとっては、初めてできた大事な後輩だ。一緒に来てくれて嬉しいのだろう。あと、人数多い方が心強いってのもありそうだ。
「オッケー。それじゃあ、駅の方に行こっか。マックはあの辺りにしかないし」
 コクコク!
 鵬塚の手をとり、言った尚子。
 そんな彼女の方を向き、一生懸命首肯する鵬塚。
 岬は鞄に文庫本を入れながら苦笑している。
 一方俺は、駅前にしかマクドナルドがないってのは自分の地元ながら田舎過ぎて泣けてくるな、などと考えつつ、ため息をついた。



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