第5話『学びを修める者』 04




 昼食を取り終えた八沢高校2年生は、バスに乗り込んで卿都を南下していった。
 卿都の町は碁盤目状になっていると聞くが、こうしてバスに乗っているだけでは実感がわかない。真っすぐな道だとは思うが、曲がっている道もあるようであるし、流石に現代社会においてもなお、遠く平安の世と同じようにはいかないのだろうか。それでも寺社仏閣の多さは流石としかいいようがない。ぼうっと眺めているだけで、何度、鳥居や仏塔を目にしたか分からない。それだけでなく、近代的なビルディングや家屋も数多あり、八沢市とは一線を画した都会であることもうかがえる。
「今、窓の外を流れている川が、鴨川でございます。テレビでお馴染みの飛び石はもう少し北ですので、よろしければ旅行中の自由時間に向かってみてはいかがでしょうか」
 バスガイドの天津内女さんが窓際で下方を示しつつ、観光ガイドをしている。
 川などどこでも同じではあろうが、確かに、卿都の鴨川といえば、テレビで見慣れた飛び石の光景に多少心が躍る。あれはそう。横断歩道の白い部分だけを踏んで向こう岸に渡るような、そんなワクワク感を味わえる素敵さがある。
「間もなく右手前方に見えて参りますのが、目的地の伏見稲荷大社です。創建は和銅年間、1700年も前と言われております。主祭神は、宇迦之御魂大神。分かりやすく言いますと、油揚げの大好きな狐さんですね。わたくしは、うかみんと呼んでいます」
 軽い冗談のつもりなのだろう。かたい説明口調とは異なり、明るい声音であった。そして、そこここから軽い笑い声が立つ。
 そうこうしていると、バスが一方通行の道路を右に折れ、パーキングエリアに止まった。
「お疲れさまでした。うかみんのお社に到着です。お時間があれば稲荷山を上まで登っていくのも達成感があってよろしいですが、今回は1時間で出発しますのでご無理はなさいませぬよう。それでは、いってらっしゃいませ」
 巫女服バスガイドの最敬礼に見送られ、2年7組の面々はうかみんのお社こと、伏見稲荷大社へと足を向けた。

 大きな鳥居の前では、さっそく記念撮影に興じている奴らが多数いた。一般参詣者の邪魔にならない程度にはしゃぎやがれよ。俺は面倒なのでとっとと奥へ向かおう。
 くいっ。
 しかし、久方ぶりに俺の袖くんが自己主張を開始した。いや、婉曲な表現はよそう。鵬塚が袖を引き、弱弱しく主張した。
「クラスの女子とでも撮っとけ」
 フルフル。
「……ん……う……し……ん……る……」
「写真を撮ると魂が抜けるので断る」
 真っ当な理由で断ると、鵬塚が涙目になった。
 まあ、ここで頑強に断っても、結局、鵬塚兄からのホットラインが入って、撮る羽目になるのは火を見るよりも明らかだ。おとなしく折れるのが賢明だろう。しかし、2人だけで撮るのは本気で嫌だ。あらぬ誤解を生みかねん。
 俺らの関係性をよく知らず、俺に片思いしている女子が勘違いでもしようものなら、素敵な高校ライフが水泡に帰してしまうではないか。
 今鼻で笑った奴は、あとでしばく。
「……み……す……く……?」
「ああ、すまん。考え事をしていた。ともかく、撮るにしても尚子やクロードと合流しないか? 折角だ。文芸部で揃って撮った方がいいだろう」
 コクコク!
 強くご賛同頂けたようで、何よりだ。
 さて、尚子に電話すっか。
「おう。今どこだ?」
『何よ。藪から棒に。鬱陶しいわね』
 いつもながら、なぜこいつは、こんなにも敵意むき出しなのか。
「鵬塚が鳥居の前で写真撮りたいんだと。クロードもつれて来いよ」
 全て言い終わらないうちに、通話が切れた。なんて礼儀のなっていない奴だ。嘆かわしい。
 まあ、直ぐにやってくるだろう。鵬塚が絡むと、尚子の選択肢は1つに定まる。
「あ。うかみんじゃないですか。お久しぶりです。総本宮にいるだなんて珍しいですね」
 ん。あの声はバスガイドさんだな。ガイドさんも降りてきたのか。俺が彼女の立場なら、生徒に絡まれても面倒だからバスで昼寝するがな。
「げ。内女。何で照様付きになったあんたがここにいんのよ。照様はいま青林でしょう」
「特別任務中です。修学旅行のバスガイドを少々。若い子達に交じって、気持ちは十代ですよ。マジ卍」
「いい年して何を…… まあ、いいわ。年のことを言い出したら、自分にもダメージが返ってくるしね」
「それで、うかみんはどうしたんですか? うかみん、総本宮のこと嫌いじゃないですか。敬われるとかマジめんどい、ってよく言ってますよね」
「それでもたまには来ないといけないのよ。天津の家ではそれほどの扱いでもないのに、世間での稲荷は規模がでかいから、色々としがらみも多くてね。まあ、だからこそ嫌いなんだけど」
「うふふ。明後日まではこちらにいますから、よろしければ一杯付き合いますよ。天津の会合があるという体なら、総本宮の方々も引き留められないでしょう?」
「……正直、あんたも苦手な部類の女だけど、背に腹は代えられないかしらね」
「あらあら、酷いですね。うふふ」
 ふむ。何やら気になる会話である。うかみんと呼ばれる女性もまた巫女服に身を包んでいる。バスガイドさんがつややかな黒髪を緩く結わえている一方で、うかみんは日の光を反射するかのような見事な金髪をすらりと伸ばしている。顔立ちは日本人らしいので染めているのだろうが、黒い部分が残っておらず、綺麗な染め上がり具合だ。
 そのような外見的特徴は置いておくとして、先ほどバスの中でバスガイドさんは、ここ伏見稲荷大社の主祭神、宇迦之御魂大神のことを、うかみんと呼んでいた。そして、あの金髪の女性もまた、うかみんだという。つまりは……
「まーいっ! おっまたせーっ!」
 速水尚子の到着だ。クロードも少し遅れて鳥居の奥から姿を見せた。
 うかみんに対する考察は適当に切り上げるとしよう。色々と気になりはするが、声をかけるわけにもいかないし、適度に無関心を装うのがベターな選択ではないかと思われる。天津の事情を多少なりとも知っているとなれば、鵬塚絡みのことを説明しなければいけなくなる。確実に鵬塚兄がやばい方向で裏の顔を出してくるだろう。よし忘れよう。
 忘れたところで、クロードの様子をうかがう。心なしか、彼の表情がいつもよりも生き生きとしていた。
「お前、テンション上がってね?」
「……ふん。そんなことはねえ。ジャポネジンジャに心躍らせる程、オレは単純じゃねえぞ」
 何かソワソワしてっけど。
 流石、卿都は外国の方に多大な影響力をお持ちである。

 大きな鳥居のところでバスガイドさんとうかみんに写真を撮って貰った後、俺はお土産屋さんを冷やかしつつ、適当にプラプラと歩き回った。朱色の鳥居が無限かと錯覚する程に並んでいる光景は、テレビで見知っていたとはいえ、目の前にすると圧巻の一言である。どこか異世界へと誘われてしまいそうな雰囲気を醸しながらも、圧倒的多数の観光客の存在によってギリギリ繋ぎ留められているかのような妙な感覚がある。
 親に借りたデジカメは動画も撮れるため、録画しながら歩いて鳥居群をくぐってみた。うん。いい絵が撮れたな。
「ありゃ、泰司。文芸部で回ってたんじゃねえの?」
 千本鳥居を抜けた辺りで、サッカー部連中と回っていたらしい太郎が声をかけてきた。
「俺以外の奴ら、稲荷山に登るとか言い出したんで、疲れそうだから単独行動中だ」
「マジか。速水、絶対ムリだろ」
「集合時間までに戻れなかったら後で笑ってやろうと思ってるわ」
 まあ、実際のところ、鵬塚とクロードがいれば特に問題はないかもしれない。鵬塚の運動性能はもとより、クロードも常識外の存在だ。特に今回は、ジャポネジンジャでテンションを上げまくっているようだからして、山の踏破くらい、さほどの時間をかけずして済ましそうなものである。
 願わくは、テンションを上げ過ぎて、お空を飛んで登山したり下山したりしないでもらいたいものだ。
「そういやよ。さっきこいつが『空を人が飛んでる!』とか言い出してさ。厨二かよ、って笑ってたとこなんだよ」
「いやいやマジだって! 絶対何かいたって! 天狗かも!」
 手遅れかよ。いや、待て。鳥居のところにいたうかみんの仕業かもしれない。と思いたい。なるべく。
「……き、狐じゃね? 稲荷だし。天狗は鞍馬山だろ」
「へえ、そうなん? 流石文芸部だな」
 何が流石なのか分からんが、太郎はごまかされてくれて何よりである。目撃したというサッカー部の奴はまだ自己主張を続けているが、そのうち収まるだろう。今の時代に怪異を本気で信じる奴はいない。何かを見間違えたのかと自己完結してくれるはずだ。
 おっと。着信か。
『その辺りは天津や国津の関係者が多いし、飛んでいる人もたまに目撃されるから許容範囲内だけどね。しっかり監督してくれないと――』
 鬱陶しいシスコンからだったので、即切った。文句を言うなら、お前が来い。

 集合時間には誰も遅れずにやって来た。鵬塚や尚子、クロードはギリギリに下山して来たが、遅れてはいない。しかし、大いに注目を浴びてしまった。
 幸い哉、お空を飛んだからというわけではない。鵬塚が尚子を抱きかかえて下山したためだ。体力馬鹿として目立ったのだ。まあ今さらだ。体育祭や八天武での活躍を契機として、八沢高生には十二分に体力馬鹿として知れ渡っている。特に問題はない。恐らく。
 信心深そうなご老人が拝んでいたが、きっと、問題ない。
「はい。それでは、皆様、揃われたようですので、うかみんのお社を出立いたします。続いて当バスは、平等院鳳凰堂へ向かいます。これより道中、随所でご案内をいたしますが、皆様、お構いなく、ご歓談をお楽しみくださいませ」
 はぁ。何か疲れたわ。寝よう。最悪、10円玉のお堂は見なくてもいい。寺社仏閣をいくつも見る程、信心深くはないし、興味もない。
「ただいま前方に見えて参りましたのが、卿都聖母女学院でございます。女学院と聞くと百合の花を思い浮かべるは、必定。わたくしは共学でございましたが、それ故に、かの学び舎にサンクチュアリを幻想せずにはおれません。嗚呼、かの地ではいかような倒錯の花が咲き乱れているものか……!」
 なぜに女学院をガイドするのか。
 やっぱり変な人だ。そう実感しつつも、努めて気にせず、瞳を閉じた。



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