第5話『学びを修める者』 02




 学校から駅までのバスの中は平和だった。先ほどの般若心経が効いたのか、鵬塚のテンションは一般的な学生程度で収まっていた。女子共のお喋りにコクコクと何度も首肯し、幸せそうに頬を緩めていた。しかし、その幸せな時も束の間のことで、バスは直ぐに駅に到着してしまい、クラスの連中は揃って移動を開始した。
 こうして眺めていると、キャリーバッグを引く奴が多いようだ。一方で、鵬塚は登山用かと勘違いされそうな大きなリュックを背負っていた。いくら女子の荷物が多くなりがちとはいえ、リュックの大きさからいって不要な物が多数詰め込まれているだろうことは、想像に難くない。ひょっとすれば据え置き型のゲーム機まで入っているかもしれない。
「発車は6時41分なんで、6時10分に12番ホームに集合! うちのクラスは5号車らしいから、えっと、4号車と5号車の間のドアから乗ることになりまーす!」
『はーい!』
 委員長の言葉にクラスの奴らが仲良く健やかにお返事をした。まるで小学生のようだ。早朝テンションだな。
「それと注意事項が1つありまーす! 5号車の後ろの方が一般の方の席になっているので、あんまり騒がないよーにお願いしまーす!」
『えー!』
 当然の注意に、八沢高近隣に騒音を毎朝お届けしている者どもは、不平不満を込めてブーイングを始めた。
 平素であればそこに混ざるところだが、寝不足気味な俺にはいっそ好都合である。早朝テンションのままに東卿駅まで騒がれては、貴重な睡眠タイムが無くなってしまう。
「えーじゃないぞー、お前らー。早朝の新幹線となりゃ、疲れたビジネスマンが眠い目をこすって出張してる可能性が高い。キレられんぞー」
「そういう注意の仕方はどうなの、キムティー。みんな、公共機関で騒いじゃいけないっていうマナーを学ぶチャンスだと思いましょう!」
 まじめか。流石は委員長だ。意識が高い。キムティーを反面教師にさっそく学びを修めている。
 一方で、鵬塚は複雑な表情を浮かべている。騒ぎたい反面、根がまじめなあいつのこと、委員長の言葉に感じ入ることもあるのだろう。忙しい奴だ。しかしまあ、あいつの場合、どんなに声を張り上げても迷惑にはなりえないだろう。無駄な葛藤、ご苦労さん。

 何名かが集合に遅れるというちょっとした騒動は起こったが、新幹線は無事に発車した。今のところ、一般客から苦情が上がることもなく、順調に日本列島を南下している。
 しかし、問題が1つある。何だかんだで八沢高生は騒々しく、車両の後ろの一般客は我慢できるかもしれんが、俺が我慢できん。というか眠れん。マジで勘弁してくれ。
「真依ちゃん、お菓子食べる?」
 コクコク。
「真依ちゃん、三つ編みさせてー」
 コクコク。
「真依ちゃん、これも食べてー。両手で持ってはむはむする感じでー。きゃー、かわいいー!」
 コクコク。
 ノリが小動物に対するそれだな。分からなくはない。あいつは正直、ハムスターっぽい。
「真依ー。ONOしよー」
「よお、タイジ」
 しばらくすると、デッキへ続くドアを開けて、3組のアホがやって来た。その後ろには金髪碧眼の外国人を伴っていた。
 一応は幼馴染と分類される速水尚子と、フランス人留学生のクロード=ミシェル=ドラノエだ。どちらも、俺や鵬塚と同様、文芸部の部員である。尚子に至っては、似合いもしない部長職を務めている。ご苦労なことだ。
「……こちゃ……! ……ド……ん……!」
 鵬塚が嬉しそうに立ち上がった。女子の一部も、クロードの登場を契機として嬉しそうに嬌声を上げた。うぜえ。
 というか、せっかく鵬塚がクラスの女子と戯れているんだ。いつも通りの文芸部メンバーでの集いに招いて、交流の輪を狭めるのはいかがなものか。断じて、俺が眠りたいだけの理由で言っているのではない。
「……おい。尚子。クロード」
「何よ、泰司。仏教に勧誘されるのめんどくさいんだけど」
 にやにや笑いながら、アホがそんなことをのたまった。マジでうぜえ。お前、事情知ってんだろ。
「……うるせえ。んなことより、とっとと3組に帰れ。どうせ二日目と三日目の自由行動で一緒に歩き回るんだ。ここはクラスの女子と交流させとけ。社交性という学びを修めさせろ」
 いい感じの屁理屈をこねられたのではあるまいか。尚子も名残惜しそうながら、戻ることを検討する顔つきになっている。
 しかし――
「富安ひどーい。別に速水さんとクロードくんも一緒に遊べばいいだけじゃん」
「そーよそーよ」
 クラスの女子から非難を浴びせられた。
 くっ。気遣い女子共でまとめ過ぎたか、鵬塚の班。
「ほらほら、速水さん。つめたから真依ちゃんの隣にどうぞー」
 尚子がおとなしく腰を下ろした。いつもよりもしおらしい。あいつはなんだかんだで人見知りするからな。あまり面識のないうちのクラスの女子にしり込みしているのだろう。それでも、鵬塚の隣に収まると幸せそうにふにゃりと笑った。ホントうぜえ。
「クロードくんはわたしの隣に――」
「ううん! こっちが空いてるよ!」
「ダメだよ、こっちに来て! ね!」
 これまたうぜえ。
「うぜえ」
 流石クロードだ。実際に口に出しやがった。しかし、そういった態度もウケるようで、女子共は楽しそうに1オクターブ高い声を上げている。
「タイジ。そこ詰めろ」
「あ? 狭いし断る。お前だけでも3組に帰れ」
「あっちもうぜえんだよ。文芸部のミーティングがあるっつって抜けて来たんだ。しばらくゆっくりさせろ」
 予想に違わず、3組でも金髪碧眼の美少年はおモテになるらしい。
 今朝だけでもはや何度目になるか分からんが、ほんっとうぜえわ。
「せっかくだ。BLするぞ」
 おい!
「お前! ホントにその表現やめろよ! 冗談じゃねえぞ!」
「タイジとBLだと言うと、うぜえ女どもが減るんだ。便利だろ」
「俺の人生にとっては不便で仕方がねえよ!」
 眠気が幾分とんだが、全く嬉しくない。
 クロードの顔に浮かぶ嘲笑が腹立たし過ぎて胃が痛い。3組どころかおフランスに帰れよ、ったく。
「泰司の隣、身の危険を感じるな」
「太郎。お前だけでも俺の胃を気遣ってくれないか?」
 にやにや笑っている様子から冗談なことは分かるが、ほんっと止めて欲しいわ。寝不足の身には堪えるんだよ、マジで。
「さて、それじゃあ、富安の特殊性癖は置いといて、ONOはじめよー!」
『おー!』
 コクコク!
 もうやだ。こいつら……



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