第4話『命を狙われる者』 16




「あのまま連れ去られて、キャトルミューティレーションされたのかと思ったぜ」
「あの男はされたかもな」
 実際にあり得そうな返答を受け、思わず沈黙してしまう。
「冗談だ。奴も『教育』後に解放された。今頃は岩足だろう」
「……冗談がきつすぎるぞ」
 苦情を申し立てると、クロードはいつもの人を小馬鹿にした笑みを浮かべた。腹立たしいはずのその顔は、不思議と少しばかりの安心感を与えてくれた。
 クロードと共に鵬塚家の門を叩いた。奥からエプロン姿の鵬塚兄が現れた。
 相変わらず、何とも気色の悪い光景だ。
「エプロン姿の男がお出迎えとは、ゾッとしない光景だな」
「だろ?」
 フランス人も同じ感覚を持ち合わせているらしい。一気に親近感が湧いた。
 一方、鵬塚兄はやはりいつも通りの胡散臭い笑顔を浮かべた。
「仲良しだね。BLというやつかい?」
「黙れ」
 冗談ではない。
「BLとはなんだ?」
「知らなくていい!」
 積極的に教えたい単語ではない。
「あとでググりなさい」
「ググらなくていい!」
 能動的に調べて欲しい単語でもない。
 あほらしいやり取りをしていると、居間から鵬塚と尚子がやってきた。鵬塚はどこか眠そうで、やはり、ギリギリまで寝ていたのではなかろうか。このシスコン兄が妹に甘いのも、相変わらずのようだ。
「……はよ……」
「おう。おはよう」
「Bonjour.」
 唐突なフランス語が横から聞こえて驚くが、よくよく考えるとこいつはおフランスの方だった。つい忘れてしまう。
「……ん……じゅ……」
 鵬塚が改めて挨拶したが、クロードは首を傾げている。
「おい。タイジ。こいつは何と言ってるんだ」
「ポンジュースと言っている」
「飲みたいのか。エイジ。マイがポンジュースを飲みたいそうだ」
 フルフル。
 ポンジュースを持ってこさせようとすると、鵬塚が一所懸命首を横に振った。
 尚子が一歩前に出て、鵬塚を庇うように両手を広げた。
「ちょっと! 真依に意地悪しない!」
『はいはい』
 おっと、声が揃った。
「……君たち、本当に仲良しだね」
「そんなことはないぞ」
「ああ。仲良くはねえ。タイジとは多少、性向が一致する程度だろ」
 俺とクロード、それぞれの軽い抗弁を受けて、鵬塚兄が肩を竦めた。何やら鬱陶しい笑顔を浮かべていた。うぜえ。
「何はともあれ、移動してくれるかな? 僕もお昼の下準備が済んだら行くよ」
 移動と言われても何のことだか分からんが、鵬塚と尚子は事前に聞いていたのか、直ぐに玄関で靴をはき始めた。俺とクロードはまだ三和土に佇んでいたので、そのまま外へ移動した。
 向かう先が分かっているだろう鵬塚と尚子を先に行かせると、この間、クロード対策会議をした地下室へと向かっていることが分かった。なるほど、確かにこれからする話も秘密にする必要はあるだろう。
 先日よりも幾分かは心安らかに、暗闇の深い地下への入り口を潜った。

「さて。まずは一番気の短そうなクロードくんの疑問に答えよう」
 十分ほど遅れてやって来た鵬塚兄はエプロン姿のままでそう言った。というか、脱げ。
 クロードもエプロンが少しばかり気になるのか、そちらに一度視線を送ったが、最終的には気にしないことにしたのだろう。小さく嘆息してから、口を開いた。
「オレのことはどうやって知った?」
 クロードのこと、という話しぶり自体が俺にとってはよく分からない。そもそも、こいつは結局どういう奴なのだろうか。
「近年の星選者にはとある方が必ずと言っていい程、接触を持つ。彼女であればフランス国のことを熟知している。過去の情報からの推察もあるだろうし、現時点でもいくつかパイプはあるだろう」
「そうか。ベルトワーズか」
「そういうことだね。あの方とは、個人的にはあまり関わり合いになりたくないのだけれど、今回ばかりは仕方がない。君の情報を得たかったのは元より、レベル1以上を連発しかねない状況でもあった。星術の影響をまともに抑えられるのは、現状だと彼女しかいない」
 二人だけで訳知り顔の会話をするのは止めて頂きたいが、くちばしを差し挟むのも憚られたので黙っている。鵬塚や尚子も似たり寄ったりな心情だろう。
 いや。鵬塚の様子が少しおかしいな。ベルトワーズという単語が出てから顔色が悪い。心なし尚子に寄り添うようにしているが、いつも通りという気もするし、やはり、精神的に弱っているような気もする。
 シスコン兄が関わり合いになりたくないと言っている以上、鵬塚関係で何か問題のある奴なのかもしれない。現時点だと、ベルトワーズという名と、女性であることくらいしか分からんが。
「君の疑問はこれで解決かな?」
「ああ。貴様が奴と接触できるのなら、今回のことは何も不思議はない」
 そう断じると、クロードはすっくと立ち上がった。
「おや。もう帰るのかい? お昼を用意しているのだけれどね」
「いらん。貴様のエプロン姿だけで胸焼けがする」
 にべもない様子で出入り口へと向かったクロードは、小さく手を振って、じゃあなと口にした。
 もう……会うことはないのかもしれないな。
「さて、お次は富安くんかな。速水さんも何か聞きたいことはあるかい?」
「勿論です! 聞きたいことならこうして箇条書きに――」
「その前に話せないことが何なのか教えろ」
 いそいそとノートを取り出した尚子を遮り、鵬塚兄に提案する。
 教えられんことを聞くだけ無駄だ。無駄をそぎ落とすためにも、前提条件は提示して貰った方がいい。そういう論理的思考での行動だったが、論理的でない尚子に睨まれて殴られた。
 言葉を遮ったのがかんに障ったらしい。痛ぇ。
「そうだね。まず、クロードくんに関することは九割方話せない。プライバシーに関わるからね」
 鵬塚以外のプライバシーを気にすることが出来たのかと、少し驚く。ただのシスコンではないらしい。
「……何か含みを感じる視線だね」
「気のせいだ」
 どうやら、尚子がよく言うように、俺は確かに顔に出ているらしい。注意しよう。
「あとは、そうだね。先ほど話題に上ったベルトワーズ関係も今は勘弁して欲しい。いずれは話すこともあるかもしれないけれどね」
 やはり、鵬塚の顔が少し強ばった。ベルトワーズについて話せないというよりかは、鵬塚を刺激しないためにベルトワーズの話題をなるべく出したくないのかもしれない。
 鵬塚に関連することであれば鋭敏な尚子も、察したらしい。特に話題を広げることもなく、ただ首肯した。
「他は――まあ、話せるかな。まあ、まずは聞いてみなさい。ググれカスとは言わないよ」
 ググって分かるようなら苦労しないだろ。
「んー、でも、クロード関連が制限されちゃうとあまり聞くことないかも。あの、クロードと一緒につれていかれた人のことも……」
「ああ。彼のことなら構わないよ。彼はクロードくん同様、フランス国から日本へ送り込まれた星選者探索チームGREの一員だ。GREの中ではクロードくんよりも偉いみたいだね」
「GREって何なんだ」
「Les Gens a Regarder les E'toiles. 略してGREらしいね。日本語では、星を探す者といった意味になるのかな」
 総理大臣殿はおフランスの言葉もご堪能らしい。何となくムカつくな。
「彼はクロードくんを知っていても、クロードくんは彼を知らなかったらしい。まあ、他のメンバーの素性を不用意に知っていると、何かあった時に芋づる式にばれる可能性もあるから、危機管理の観点からはさほど不思議ではないね。彼は今頃、一人で岩足県に潜伏しているかな。彼の中では、クロードくんも増岡高校に転校してGREの活動に精を出している、ということになっている筈さ。ククリさんの『教育』は永続的に続くらしいから、彼から今回の件が漏れることはないと思っていいだろう」
「あの人とクロードは何で敵対してたんですか? そもそも、クロードはそのGREの人間で、真依を狙っていたはずなのに、どうして?」
 最後の時、どう見ても彼らは敵同士だった。とてもではないが、同じ組織の仲間とは思えなかった。
「その辺になると、さっき言ったクロードくんのプライバシーに関わることでね。彼らが敵対したのも、クロードくんがフランス本国に反旗を翻したのも、ね。本人がいたら話してもいいか尋ねようと思っていたけれど、帰ってしまったし、今日のところは勘弁してくれないかな」
 プライバシーを楯に取られると二の句が継げない。これが鵬塚兄のプライバシーであれば、俺らを盗撮したり盗聴したりしといて今更何言っていると非難囂々まくし立てるだけなのだが、第三者のプライバシーを無視するわけにはいかない。
「分かりました。あとは――あ、真依、何かある?」
 鵬塚が尚子の腕を引いたようで、彼女はそのように尋ねた。
 青い顔をしていてプルプル震えていた鵬塚は、しばらくベルトワーズという単語が出てこないことで復活したのだろう。コクコクと元気に頷いた。
「……ま……ひ……り……ん……て……う……と……の……?」
「あ。それ、あたしも気になってた」
 なるほど。それは確かに気になる。彼女だけでなく、彼女と共に現れた者達は皆、鵬塚同様にファンタジー然とした存在ばかりで、ファンタジーフリークな鵬塚や尚子がその正体を気にするのも道理であろう。
「照様のことか…… まあ、構わないかな。人によっては周知の事実ではあるし」
 少しばかり逡巡しつつも、鵬塚兄は彼女たちについて語り出した。
「有り体に言えば、彼女達は神様だよ。速水さんなら天津神や国津神という言葉を聞いたことがあるかな? 富安くんはないだろうね」
 ひと言余計だろ。確かに聞いたことはないが。
「近年は天津神を天津家、国津神を国津家としてまとめるようだ」
「え、じゃあ、天津照って子は天津神ってことで、天照大神とか月讀命とか、そういう――」
「ああ、そうそう。そのアマテラスオオミカミが彼女だ」
 は? 流石にその名は俺にも分かる。日本神話の主神だ。
「はい?」
「戸惑うのは分かるけどね。お忘れかもしれないけど、僕は裏の総理大臣で真依は星選者、どちらも常識外の存在だ。なら、神様の一柱や二柱くらいは予想の範疇ではないかい?」
「いや、範疇ではねえ」
 流石に突っ込む。その領域を常識として語らないでもらいたい。
「そうかい? まあ、事実は事実さ。照様は天照大神、和己くんは建御雷神、禍人さんは大禍津日神、ククリさんは菊理姫神、だったかな。照様と和己くんは天津家の人間で、禍人さんとククリさんは国津家の人間らしいけれど、つい一、二年前からはその括りに然程の意味はなくなっているね。まあ、面倒ごとを頼むなら国津家の方が今でも気楽だったりはするけどね。あそこは実利主義だから、こちらを払えば大概上手くいく」
 そう言って、鵬塚兄は右手の親指と人差し指でわっかを作って見せた。所謂、金だろう。
「天津の場合、照様はまだしも詠様――ああ、月讀命のことだ。彼が面倒臭い人でねえ。正直、なるべく何も頼みたくないんだ。だから、可能であれば今回も、クロードくんが何も気づかずに青林府を通り過ぎてくれれば万々歳だったんだけれど…… おっと、愚痴ってしまってすまないね。とにかく、彼らはそういう人たちさ。絶対に秘密にしなければいけないわけでもないけれど、誰かに話しても、こいつ頭おかしいな、と思われるだけだから注意しなさい」
 そうですね。
 色々と頭が追いつかないけれど、取り敢えず納得しておこう。鵬塚兄の言う通り、事実は事実だ。実際、彼女達が空を飛び、陰陽術らしき技を行使したり、太陽を生み出したり、人を『教育』したりするのを目の当たりにした。疑うだけ時間の無駄というものだろう。
 冷静にかみ砕いた俺とは対照的に、鵬塚と尚子が楽しそうに歓声を上げている。気持ちは分かるが、もっとクールに行けないものだろうか。高校生にもなってみっともないぞ。
「そういうところが、富安くんは可愛いね」
「あ? んだ、突然」
「冷静を装いながらも口元がにやけていたり、妙にソワソワと身体が動いていたり、そういうところさ」
「と、とにかく、あいつらが色々と規格外なのはそういう事情ってことか。理解した」
「そうやってどもるところも――」
「うるさい」
 直球で罵倒してやると、馬鹿は肩を竦めて微笑んだ。鬱陶しい。
「他にも何かあるかい? もっと色々聞かれるかと思ったけれどね」
「んー。あたしは特には。あの時の会話で察せられることも多かったですし。真依は?」
 フルフル。
 鵬塚も他は気にならないらしい。こいつの場合は事前に知っていることもありそうだ。
 さて、俺はあといくつか、聞いておこう。
「クロードはもう、大丈夫なのか?」
 端的に聞く。奴のプライバシーを侵害しなくとも、この質問には答えられる筈だ。
「彼は彼自身が言っていた通り、GREの上司をあぶり出すために星選者を見つけ出したかっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。嘘は言っていないと、科学代表のポリグラフも、超常現象代表のククリさんも判断した。今は話せない彼の事情を考えても、フランス本国のために星選者――真依を亡き者にしようとはしないと思うよ」
 言葉は『思う』などの曖昧な部分を含んでいるけれど、発言者がシスコン兄な時点で充分な確度を持つと考えていいだろう。
 鵬塚第一という姿勢を取る彼が、微かな危険性も残すとは思えない。一マイクロミリでも危険を伴うのであれば、彼は恐らくクロードを処分する。
「なるほど。で、鵬塚の転校は?」
 転校という単語で鵬塚の表情が凍りついた。
 結構な騒動になったのだ。残念ながら、そういう判断が下る可能性はある。
 しかし、鵬塚兄は彼の妹のようにフルフルと首を横に振った。
「無しだ。君たちは見事に真依の学校生活を守ってくれた」
 何もしていないに等しいがな。
 まあ、それはともかく、俺の親友殿の表情が一気に華やいだ。それ以上に望むことなど、今はない。
 色々とあったが、結局のところ、俺達が目指したのは、彼女の命のみならず、彼女の願いを悉く叶えることなのだ。どういう過程を経ようが、俺や尚子が活躍しなかろうが、そんなことはどうでもいい。今この時を迎えた結果が全てだ。
 故に、鵬塚の笑顔が曇るかもしれない質問を追加でするのは憚られるのだが、仕方が無い。
「なら、クロードの転校は?」
 やはり、鵬塚の表情が固まった。尚子もまた、ハッと息を呑んだ。
 鵬塚はクロードを初めての外国人の親友と認識し始めている。彼を失うことはある意味で失敗と言える。
 少しばかりの沈黙が続き、鵬塚兄は口を開いた。
「月曜になれば分かるさ。さあ、話はこれくらいにして、そろそろお昼ご飯にしよう」
 エプロン姿の男が、笑顔でそう言った。



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