第4話『命を狙われる者』 15




 本日は土曜日。週の終わりの始まりは、鵬塚兄による不快な着信音ではなく、ケータイ機能の目覚ましアラームでもなく、自然な目覚めだった。何とも平和で素晴らしいことだ。ただ一点、休日であるにも関わらず、早く目が覚めてしまったのが残念である。
 寝間着のままで洗面所へ移動し、水道の蛇口から流れる水で顔を洗いつつ、一度、軽く歯磨きをしてから居間へと向かった。
「あら、珍しい。まだ八時よ」
「目ぇ覚めた。父さんは?」
「まだ寝てるわ。あんたも二度寝する? それとも、朝ご飯食べる?」
 常ならば土曜日は十時くらいまでは眠っているので、母さんに驚かれた。すっかり目が冴え、二度寝する気は起きないので、朝食を所望した。
「青林府南部地域全域で昨日の夜中に発生した電波障害の原因は、17歳の少年の悪戯であったことが分かりました。少年は機械いじりやプログラミングが趣味で、携帯電話網や無線網などの通信全般を妨害できるかどうか試してみたかった、というように供述しているとのことです」
 テレビのニュースキャスターが色々と言い連ねているが、そんな少年が実在するかは甚だ疑問である。あのタイミングでケータイもスマホも使えなくなったのを、偶然どこかの少年が悪戯心を芽生えさせたから、で済ませてしまえるほど俺は脳天気ではない。十中八九、鵬塚兄が絡んでいるだろう。なれば、警察発表が真実かどうかも怪しいところだ。
 十数分で出てきた朝食はトーストとサラダとフルーツ。特に代わり映えせず、やはり平和だった。
 今週は月曜に先輩達が襲撃され、火曜にクロードがやって来て、水曜から金曜まで八天武があり、金曜に至っては帰宅時にとんでもないことに巻き込まれたのだからして、何やらいつもよりも疲労感が甚だしい。にも関わらず二度寝できないのは、少なからず興奮が冷めやっていないためかもしれない。
 ん? ケータイが鳴り出した。土曜の午前八時過ぎの着信というのは、常識的と判断するか、非常識と判断するか、微妙な時間帯だな。
「……またお前か」
 思わず小声で突っ込んでから、通話ボタンを押す。
「もしもし。何だよ。平日ならともかく、休日の八時は弱冠、迷惑だぞ」
『それは失礼。寝ていたかな?』
 まあ、起きてたわけだが。そんな雑談よりも、本題に移って頂きたいので、無視しよう。
「何の用だよ。後処理とかで忙しいのかと思ってたぜ?」
『後処理は僕よりも部下の仕事だね。僕は前段階での調整に尽力したのでね』
 前半だけであれば、給料泥棒だな、とコメントしようかと思ったが、後半部分でその言葉を呑み込む。実際、今回は鵬塚兄の情報収集と調整の結果で事が収まったと思っていいだろう。たぶん。
『それでね。あまり詳細に説明はできない点も多いのだけれど、教えられるところは教えようかと思ってね。都合さえよければ、うちに来ないかい? お昼はご馳走するよ』
 ふむ。確かに、色々と分からない点が多い。おおまかな結論までは把握しているにしても、細かい点は不透明だ。知らなくてもいいと言えばいいのだが、気持ち悪いのは確かだ。聞いておくか。
「わかった。行くよ。十時くらいでいいか?」
『構わないよ。他のお客様はもう少し早く来るようだし、君も早く来られるのならおいで』
「そこはケースバイケースで。うっかり二度寝するかもしれんし」
『了解。まあ、ゆっくり来なさい』
 通話が切れた。
 他の客、ね。星選者関連のことを話して構わない奴ってことだろ。尚子は確実だろうが、他にもいるのだろうか。天満舘先輩と諏訪先輩は、恐らく、来ないだろう。あそこは、個人としてではなく、組織としての対応をしているに違いない。彼らは一律、便宜上は不干渉を貫くはずだ。
 それ以外の人物というと……いや、考えていても仕方がない。朝飯を食って少しダラダラしたら、鵬塚家へ向かおう。それで疑問は解消するのだから。

 朝とも昼ともつかない時間帯の陽光は、早朝の覚束ないものよりもはっきりときらめき、真昼のさんさんとしたものよりも緩やかに大地を照らす。時期が時期なので肌寒くはあるが、散歩にはいい天気と言えるだろう。
 テレビゲームを目的として入り浸っている都合上、鵬塚家への道順は間違えようもない。考え事をしながら歩んだところで自然と足が向かう程だ。しかし、今週はもう疲れた。考え事をするのも億劫だ。徹頭徹尾、ぼけっとしながら向かうとしよう。
 ようよう、鵬塚家が見えてきた。それほど奇異な外観ではないが、地下があったり、裏の総理大臣がいたり、星に選ばれた者がいたりと、規格外であること甚だしい住宅である。その住宅の前には、やはり、八沢市街から外れた田舎道には不似合いな人物が佇んでいた。
「おう。お前も来たのか」
「ふん。遅いぞ、タイジ。オレは話を聞いてさっさと帰りてぇ」
 クロード=ミシェル=ドラノエ。金髪碧眼の美男子は田舎道にどうしようもなく不似合いでありながら、どうしようもなく絵になった。
 そう。昨夜、鵬塚が星を生んだあの時、クロードは星に呑まれて消えたわけではなかった。

 いまだに星が輝きを失わずにいる最中のことだった。某かの低い悲鳴が聞こえた。
「ふん。捕まえたぞ、本国の犬め。『La sorciere d'etoile』を見つければ、本国に報告を入れるため動き出すとは思っていたが、浮き足だってステルスが甘くなったな」
 気がついた時には、予期せぬ方向からクロードの声が聞こえた。慌てて視線を向けると、彼は見知らぬ男を押さえつけて大地に伏せさせていた。
「Laisser!」
「Refuser.」
 何を話しているのかさっぱり分からん。
 クロードは男を押さえつけたままで、ポケットからハンカチーフを取り出した。唐突に取り出された日常的なアイテムに違和感を覚えたが、直ぐにそんなものは雲散霧消した。彼は男の口にハンカチーフをつっこみ、猿ぐつわの代わりとした。これで日常感はゼロに等しくなった。
 その時、突如、田んぼの間の県道を高級車が駆け抜けてきた。見覚えがある車だった。車は俺達の直ぐ近くまで乗り付け、運転席からやはり見覚えのある男性が降りてきた。
「初めまして、クロードくん。妹がお世話になっているね」
「あ?」
 鵬塚兄の挨拶を耳にして、クロードは男を押さえつけたままでガラ悪く応じた。
 気持ちはよく分かる。鵬塚兄には人を苛つかせる才能があると思う。
「真依の兄で、鵬塚永治だ。その男を車に乗せなさい」
「……てめぇ。本国の息がかかった野郎か?」
「この状況だと疑われるのも仕方がないけれどね。まあ、まずは信じてくれないかな? 僕の身元なら、真依と富安くんと速水さんが保証してくれるだろう」
 鵬塚兄の身元保証人になるのは何となく嫌だが、余計なくちばしを差し挟むのは避けよう。
 クロードがこちらに訝る視線を向けてきたので、ひとまずは頷いておく。ちなみに、こうして頷いていはするが、状況は全く分かっていない。
「こいつをどうする?」
「解放して、フランスへ定時報告をさせるよ」
「……!」
 クロードが一層目つきを鋭くした。刹那、鵬塚兄の前に鵬塚が降り立ち、何かを弾いた。クロードが攻撃を仕掛けたのかもしれない。
 というか、友好ムードが皆無じゃないか。身元保証人が負債を抱えることになる事態は避けて頂きたい。
「拙速だね。少し落ち着こうか」
 鵬塚兄が鷹揚に提言した。笑顔がどこか鬱陶しい。
「その男の報告内容はこうだ。現状、青林府全域にかの者の気配はなし。引き続き、列島を南下する」
「そう上手くいくわけがあるか。虚偽報告を強要すれば自害することで本国へ異変を知らせる。そういう教育がされている」
 きな臭さが半端ではなくなってきた。
「なら、『教育』し直せばいいさ」
 鵬塚兄がそう宣言すると、どこからともなく女児が現れた。
 身長は一メートル三十センチ程度かと思われ、どうあがいても小学校中学年くらいの子供だった。こんな時間のこんな場所に現れるべき人物ではない。
「マガヒトは?」
「電波や精神などの諸々の通信妨害に専念して頂いていますよ。さあ、ククリさんはこちらのクロードくんにご納得頂くために、試しにその男を静かにさせてください」
「けいやく外のしごと。ついかりょーきん」
「勿論」
 首肯した鵬塚兄を目にして、ククリと呼ばれた女児は小さく頷いた。そして、彼女は小さな手を、クロードが組み敷いている男へと掲げた。諦め悪く暴れていた男は、直ぐに大人しくなった。
「ん。おふとんの中だと信じてる。この人はククリがさいどかんしょーするまで、おひるねタイム」
「と、いうわけさ。これで『教育』する。どうかな?」
 尋ねられると、クロードは何やら難しい顔をしてから、ゆっくりと首を縦に振った。
 そうして、クロードと男は鵬塚兄の車で連れていかれた。
「……どういうこと?」
「……俺が知るか」
 尚子と共に首を傾げ、鵬塚に視線を向ける。
 フルフル。
 襲撃された当人も事情を知らないらしい。鵬塚兄のことだ。鵬塚が状況を楽しめるように、面倒ごとは全て秘匿したのかもしれない。
 しばらくは物音一つしない時間が続いたが、ようよう空気が弛緩し、突如、大地を叩く音が響いた。子供が駄々をこねている時のような物音だった。
 視線を向けると、足を投げ出して地べたに座っている天津照が、幾分子供っぽい所作と共に頬を膨らませていた。
「第2プランで事が収まったのは喜ばしいけれど、ムカつく!」
「照様。天原の民の手前、言葉遣いにはお気をつけ下さい」
 噛ませ犬のようにやられた二名が会話を交わしながら、ゆっくりと立ち上がった。致命傷を負っているようには見えず、大事ないかと思われた。
 照は小さくをため息を吐いて、ふわりと浮かび上がった。和己もまたそれに続いた。照からは先程までの駄々っ子のような気配は雲散霧消し、威厳のようなものを感じられないこともなかった。
「天満舘家の娘。この件は忘れなさい。他の者もいいですね?」
 問いかけの形式をとっていはしたが、それは実質、命令に聞こえた。この段に至ると駄々っ子らしさは皆無であった。
「はい」
 天満舘先輩と諏訪先輩が素直に首肯した。
 俺や鵬塚、尚子も異論はない。揃って、コクコクと、鵬塚ばりに首を縦に振った。
 照と和己は満足そうに一度頷き、鵬塚に対してだけ黙礼し、飛び去った。
 その時、ちょうど携帯電話に着信があった。ディスプレイに目を落とすと、鵬塚兄の名があった。
「……もしもし」
 色々と尋ねたい気持ちはあったが、情報が整理しきれずに間抜けな定型句しか口にできなかった。
『今日のところは皆、帰りなさい。真依と速水さんをきちんと送っていくんだよ、男の子』
 彼の声には、楽しむような様子が含まれていた。危険は去ったということか。そういえば、いつの間にケータイが圏外でなくなったのだろう。
 多すぎる情報量に圧倒されつつ天を仰ぐと、これまでの騒動にそぐわず、優しい月明かりが降り注いでいた。



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