第4話『命を狙われる者』 14




 爆音の後、聾したかのように錯覚する静寂の時が訪れた。太陽はクロードを呑み込み、彼を亡き者としてしまったのだろう。
 ……くそ。
「あ、あれ? 真依は?」
 青い顔の尚子が戸惑ったように呟いた。
 確かに鵬塚の姿がない。共に伏せていたはずだが、付近にいるのは俺と尚子と生徒会コンビの四名のみだ。あいつの鞄だけが地面にぽつねんと置かれている。
 まさか、巻き添えを食って吹き飛ばされたわけもあるまい。太陽の爆発が直ぐ側で起きたのであればあり得るが、実際のところ、かの出来事は遥か天上で生じたのだ。
「上だ」
 諏訪先輩が端的に言った。
 その言葉に従って上空を見上げると、そこに爆発の余韻はなく、影が三つ、浮かんでいた。
 三つ? そうなると、クロードは無事だったということだろうか。それどころか、一人増えていることになる。
「本当に、あの子は何者なのかしら……」
 天満舘先輩が掠れた声で呟いた。
 あの子とはつまり、鵬塚のことだろう。天上に増えた影は鵬塚だった。
 先輩は先程、飛翔は特別だと言った。当然ながら、飛び上がってクロードを庇うように浮かんでいる鵬塚真依は、あの照という少女のように特別な存在ということになってしまう。
「ふん。余計なことしやがって」
「……」
 クロードの不満げな声に、鵬塚が何かしら反応を示していた。しかし、流石に地上と天上ほど距離があると、鵬塚の言葉を解することができなかった。
「おい。タイジ。ショーコ。マイは何っつってんだ?」
 残念ながら、直ぐ近くにいるクロードも同様のようだった。
「知るか! こっから聞こえたら耳がいいとかいうレベルじゃねえだろ!」
「ぶ、無事なの! 真依! ついでにクロードも!」
 コクコク!
 鵬塚が力いっぱい頷いて見せた。
 まあ、わざわざ意思表示してみせなくても、無事なのは見ればわかったけどな。あの太陽を受けていたら、言葉通りの生きるか死ぬかだ。生きている時点で無事と判断して問題なかろう。
「ひ、照様!」
 天満舘先輩の悲鳴を聞いて、かの少女に視線を向けると、右腕を軽く負傷しているようだった。攻撃を仕掛けたのは彼女だったはずなのだが、なぜ彼女自身が負傷しているのか。
 まさか……
「おい! 鵬塚!」
 フルフル!
 声をかけると慌てて首を左右に振った。否定の意味ととって間違いないだろう。
「いえ。真依様は防いだだけ。この怪我はクロードセンパイですよ、富安センパイ」
 照が説明してくれた。
 今更ながらに彼女を観察すると、ぬばたまの長い髪がよく似合う、鼻筋の通った見目麗しい少女である。遠目にも美少女と分類するに足る容姿と分かる。彼女のような後輩に先輩と呼ばれるのは非常に喜ばしいことだが、どこか不思議な響きの言い方に弱冠の含みを感じる。少なくとも、敬意を込めた風ではない。どうでもいいか。
 というか、鵬塚のことは様付けなのな。彼女は星選者云々の事情を把握しているのだろうか。
「引っ込んでな、アマツヒカリ。その怪我でまだやるつもりか?」
「……天津、国津としては正直、この件はどうでもいい。けれどね。自分たちの都合だけで生きていられないのが、現代人の性というものよ」
「ふん。なら、強制的に船から下ろしてやるよ!」
 照の姿が天上から消え去り、地上で土煙が上がった。そちらへ目を向けると、銃刀法違反の少年が照を抱えて倒れ込んでいた。網膜には全く焼き付かなかったが、察するに、クロードの攻撃で照が地に落ち、彼女を少年が受け止めたのだろう。
 二人とも低く呻いて身じろぎしているので、死んではいない。しかし、クロードの元へ向かって戦いに身を投じるのは不可能に見えた。
 というか、もう一人いたオッサンはどうしたのか。まさか、クロードに吹き飛ばされた時に天に召されたわけじゃないだろうな。
 オッサンの心配をしていると、二つだけになった天上の影に動きがあった。
「さて。マイ。打ち合おうぜ。テオシズモウみてえによ」
 コクコク。
「いや、待て! そんな勝負受けんな!」
「そうよ、真依! 降りてきて!」
 声をかけても、鵬塚は笑顔でサムズアップしてみせるだけで、地上に降りてきはしなかった。
 大丈夫なわけがあるか。
 頼みの綱の男女は倒れ伏して動けなさそうである。オッサンは行方知れず。天満舘先輩と諏訪先輩は上空へと腕を向けて何かしているようだが、クロードは一瞥もせずに腕をひとふりして対処している。明かな力不足だ。
 この場を収める適切な人材はおらず、目的がいまだ知れないクロードと、そのクロードと勝負を通して親友になりたい馬鹿しかいない。
 よし。鵬塚兄に連絡だ。いくらシスコンでも、あいつの安全を無視するほど馬鹿ではないだろう。少なくとも、照達のような助っ人を追加で手配することはできそうだ。
「……あれ?」
 いや、待て待て。確かにここは田舎だ。青林府内では比較的都会という位置づけではあっても、東卿などから比べれば明らかに田舎だ。それでも、ケータイの電波網はしっかりと整備され、どこであっても通話やメールに支障はないのが常だ。勿論、山中などであれば電波が届かないこともあろうが、平地で民家も散在している町外れ程度であれば問題などない。
 けれど今、俺のケータイには圏外の文字が表示されていた。
「尚子。先輩がた。ケータイ繋がるか?」
 全員、ポケットの中のガラケーやスマホを取り出し、それぞれに首を振った。
 まさか、これもクロードの仕業なのか?
 そうこうしているうちに、鵬塚とクロードの再勝負が始まってしまった。手押し相撲同様、技巧は何もない。ただの打ち合いに徹するようだった。
 クロードが光の弾を放ち、鵬塚が防護の壁で防ぎ、逆に、鵬塚が雷を生み出し、クロードが腕の一振りで防ぐこともあった。彼らの表情は八天武の時と変わらず見えた。あたかも、遊んでいるかの如くだった。
 というか、これ、地球的に大丈夫なんだろうか。鵬塚が強い力を使うと、天変地異とかが起きるのではなかったか。
 それも、ケータイで鵬塚兄と連絡を取れない状況では把握不可である。ついでに言えば、インターネットで世界の状況を調べることもできない。
 この八沢市を地震や竜巻が襲えば、分かりやすいのだが、まあ当然、そうなって欲しくはない。
「ふん。小手調べもここまでだ。今度はオレが勝つぞ、ジャポネスケバン」
 フルフル。
 クロードのアホ丸出しの台詞に、鵬塚がやはりアホ丸出しで首を横に振った。今度も勝つのは自分だと主張したいのだろう。
 刹那、遥か天上から太い光の柱が降ってきた。柱は鵬塚を包み込むかと思いきや、鵬塚が腕を振るうと突如、直角に曲がってクロードへと突っ込んだ。柱から砲撃に転じた光はクロードを呑み込む前に四散し、夜の闇に消えた。
「涼しい顔でこちらの攻撃を利用しやがって。まだまだ本気じゃねえな?」
 コクコク。
 だから、馬鹿正直に答えてんなよ!
 ああ、ったく。下手に声をかけるとその内容だけで星選者であることがばれそうだし、このまま鵬塚に任せといてもばれそうだし、無理やり止めようにも飛べないし、そもそも止めるための力もないしで、俺にはもうどうしていいか皆目見当もつかん。
 それは尚子も同じようで、何か言いたそうに口をぱくぱくと開け閉めしながらも、何も口にしない。顔色は土気色と評していい程に青かった。
 天満舘先輩や諏訪先輩は力を有す者たちだが、その力は鵬塚やクロードに及ばないのだろう。悔しそうに歯噛みして天を見上げていた。
「無駄に長い勝負は好きじゃねえ。本気で撃ってこい」
 今度は鵬塚も、脊髄反射で首肯はしなかった。遠目にも分かるくらい逡巡していた。クロードを疑っているが故ではなく、本気を出した際に発生しうる天変地異が彼女をためらわせたのだろう。
 星術にはレベルがあるらしく、災害が一切発生しないのがレベル0で、軽微な災害が発生するのがレベル1らしい。普段――というより、有事であっても鵬塚は、レベル1までしか使っていないという。本気を出すにしてもどこまでレベルを上げるべきか、脳天気なあいつでも瞬時には決めかねたようだ。
 コクリ。
 勢いのない首肯であったが、鵬塚は『本気』を出すことに決めたらしい。事実、今のままでは平行線である。鵬塚にもクロードにも余裕があり、勝負は永遠に終わりを見せる気配がない。
 地球を襲う天変地異は、どの程度、星選者の意思で制御できるのか、俺には分からない。鵬塚がどの程度の本気を出すことに決めたのかも分からない。が、願わくは、それを因として誰も死なずに済むように。勿論、クロードもだ。
 鵬塚が深呼吸をしてから、腕を振り上げた。続けて、その腕を勢いよく振り下ろした。
 星が生まれた。
 いや、表現が大仰すぎるかもしれない。けれど、俺にはそんな風に思えた。空から巨大な光が現れ、クロードへと収束していった。それはあたかも、星の誕生を目にするかのようだったのだ。
「La sorciere d'etoile.」
 クロードが小さくそう呟いた時、視界の端で何かが動いたように感じたが、そんなことはどうでもいい。
 星は夜闇を照らし尽くした。夜が終わり、朝を迎えたかの如くであった。これまでの騒動の比ではない、星選者の本気が垣間見えた。
「隼人! 合わせて!」
「任せろ!」
 余波がこちらを攻め立てたのだろう。生徒会コンビが素早く俺らの前に出て、腕を突き出した。すっかり見慣れた不可視の防護壁を生み出したのだろう。不可視なのに見慣れたというのも変だが。
 幸い哉、多少の圧は感じたものの、苦しいとか痛いとかということは無かった。
 星の奔流は数秒続き、遂に、終わりを告げた。
 誕生した星が消え去り、夜闇が再び天上を支配した。月明かりが生み出す影は一つに減っていた。



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