第4話『命を狙われる者』 13




 八沢市街を歩みながら方々に視線を送り、通行人の一挙手一投足に意識を向ける。買い物帰りの親子が急に豹変するかもしれない。道路を行く軽自動車が暴走し始めるかもしれない。いや、野良犬の尻尾の動きですら軽視はできない。ことは人命に関わるのだ。
 鵬塚を挟んで並ぶ尚子もまた、俺と同じように警戒心を最大限に高め、帰宅していた。いや、これは帰宅ではない。防衛戦だ。
「二人とも。緊張しすぎよ。それだと、いざという時にとっさに身体が動かないわよ」
 直ぐ後ろで同じく帰路についている天満舘先輩が忠告してくれた。彼女の隣には諏訪先輩も黙して歩んでいた。
 ちなみに、天満舘先輩は長い髪を後ろで一つに束ねている。俗に言う、ポニーテールというやつだ。襲撃に備えてのことかと思うが、可愛らしい。ダテ眼鏡越しに鵬塚兄のところへ送信されている映像を後で是非頂こう。
「えっと、どうして会長と諏訪先輩がいらっしゃるんですか? また頼まれたんですか?」
「そういうわけではないけど、頼まれなくたって、可愛い後輩に危険が及びそうなら護衛くらいはするわよ。真依ちゃん達の事情は知らないけど、さっきはちょっとやり過ぎちゃったわね。あれだと木崎くんの二の舞になりかねないわ。まったく。クロードくんも何が目的なのかしら」
 天満舘先輩達には、星選者関連の事情は伝えられていないらしい。星選者に関しては最高機密扱いだと言うし、鵬塚兄が総理大臣権限を駆使してあらゆる事柄を秘匿した上で、無理やりに協力を要請していたのだろう。天満舘先輩の上の人でも知らないのかもしれない。
 そのような事情を想像していると、隣を意気揚々と歩んでいる鵬塚の顔に笑みが広がった。天満舘先輩の『可愛い後輩』があいつのテンション上昇の琴線に触れたらしい。感極まった様子で、嬉しそうに震えている。
「というか、会長。クロードが例のアレなのかはまだ分からないんじゃ……」
「まあ、そうなんだけどね。あ。隼人」
「ああ」
 市街を抜けると、阿吽の呼吸で次の行動に移る生徒会コンビ。天満舘先輩は変わらずに俺らの後ろを歩み、諏訪先輩はこれから進む畦道を先行する。左右の田んぼと夜天を警戒しつつ、しっかりとした足取りで進んでいった。
 八沢市街は比較的栄えている方だが、周辺の田畑や山林は当然、寂れている。周りには本当に何もない。忘れた頃に通る自動車がこれ以上ないくらいに目立っている。ここまで見通しがいいと襲撃の心配はなさそうに思えるが、相手には常識が通用しないと思っていた方がいいだろう。そもそも、鵬塚自身が常識の埒外にいるし、天満舘先輩や諏訪先輩も同様だ。クロード――かは分からないが、襲撃者に至っても常識外の存在と考えておくのが妥当な線だろう。
 畦道を抜け、防風林の脇の細い路を行く。
 婦女子ならいざ知らず、俺のような男子高校生には退屈でしかない、この寂れた道のりも、今はどこか恐ろしい。いつ何時、襲撃の魔の手が伸ばされないとも限らないのだ。
「佳音!」
「ええ!」
 天満舘先輩と諏訪先輩が、ほぼ同時に叫んだ。伴って、炸裂音が天上を駆け抜けた。先輩たちが腕を上げて力を込めているけれど、不可視の防護壁のようなものを築き、襲撃者の攻撃を防いだのだろうか。思わず胸が高鳴ってしまうが、そんな場合ではないな。
 どうやら、昨今、我が国の心配の種である某北の国からの爆撃ではない。それは幸いであるが、今の俺達にとってこれは、彼らよりも質が悪い相手に違いない。明確に鵬塚を狙い撃ちしているのだから。
 視線を巡らしても誰も、何も、見つけられない。特殊工作員も真っ青なステルス能力である。
「この間よりも威力が強いな。しばらくは防御に専念するか?」
「そうしましょう。真依ちゃんの安全を最優先。それに、この子達の上の人が他の人員を用意しているはずよ。そちらを当てにさせて貰いましょう」
「わかった」
 二人の会話の間も、天上では炸裂音が響き渡り、伴って、照明弾のような眩い光もまた断続的に一帯を照らしている。まさしく戦場のようであり、夏の日の花火のようでもある。
 近辺に人気がないのは幸いだった。誰か通りすがりの人間でもいれば、テレビやインターネットで大騒ぎになってしまう。
「……あ……」
 いつもの調子で微かに呟き、鵬塚が動いた。俺と尚子を抱えて後退し、天満舘先輩に体当たりした。そのまま崩れ落ちて地面に転がるが、その点に文句を紡ぐ暇はなかった。
 大地がえぐれた。本当に、唐突に。
 先輩達が呆気にとられている様子からすると、彼らにとっても想定外の急襲だったようだ。それだけの実力が襲撃者にはあるのか。
「……」
 えぐれた大地の中央には、黒ずくめの人間が無言で佇んでいた。
 クロード、なのか?
 黒ずくめの人物が腕を振り上げた。その向かう先は鵬塚だ。考えるよりも先に身体が動いた。
 俺だけでなく、尚子もまた鵬塚に覆い被さり、衝撃に備えた。
「なるほど、好もしい方々です。けれど、もう少し命を大事にして頂きたいものです」
 聞こえた声は、知らない相手のものだった。天満舘先輩や諏訪先輩でなく、鵬塚や尚子でもなく、当然、黒ずくめの人物でもない。またもや突然に現れた少女のものだった。
 少女のかざした腕は、黒ずくめの人物が放った光弾を撥ねのけ、同時に、少女の細い足は、黒ずくめの両足を素早く払っていた。
 黒ずくめは体勢を崩し、しかし、地面に手を突いてバランスを取った。加えて、倒れかけた勢いをそのまま利用して、二度、三度と連続でバック転し、距離を取った。
「和己!」
 少女が叫ぶと、黒ずくめの着地点へめがけて、やはり突然現れた少年が棒状の何かを振り下ろした。木刀か何かかと思いきや、それは、日本刀のように見えた。実物を見たことがないので模造刀かもしれないが、素人目には真剣にしか見えなかった。
 え。何この状況。銃刀法違反じゃん。
「禍人さん!」
「あいよ。オッチャンに任せときなー」
 更に別の人物が現れた。今度は五十代くらいのオッサンだった。状況に似合わないぼけっとした表情をしていた。彼の手に収まっているのは日本刀などでなく、新聞紙を丸めた棒だった。
 何だこの装備格差は。好きなキャラには高い武器を買って、そうでもないキャラは初期装備のままにする節約プレイみたいだな。
 当のオッサンは不足気味な装備に不満を零すこともなく、懐から紙の束を取り出してばらまいた。
「急急如律令!」
 オッサンは陰陽師だったのだろうか。映画やドラマでお馴染みの言葉を吐いた。すると、ばらまいた紙が自立して黒ずくめの人物に襲いかかった。
「何これ、凄い!」
「……っこ……い……!」
 尚子と鵬塚が興奮しているが、そんな場合か。分かるけど。
「ひ、照様!? それに、あちらは照様付きの和己様に、国津の禍人様!?」
「天津と国津が揃って護衛とは、豪勢だな……」
 天満舘先輩と諏訪先輩が呆然としているが、何を言っているのか、さっぱり分からない。誰か説明してくれ。というか、鵬塚兄、説明しろ。
 今すぐ電話して情報開示を求めたい気持ちはあったが、自粛する。襲われている真っ最中だ。後にしよう。
 とにかく、天満舘先輩と諏訪先輩の様子では、新たに現れた少年少女とオッサンは、彼らにとって雲の上の人物といったところかと予想される。更には、彼らの様子からして、味方と考えていいのだろう。戦力としても充分に期待できそうである。実際、黒ずくめを順調に追い詰めている。
 これで何とか事が収まりそうか?
「っち。めんどくせえ」
 その時、これまで沈黙を守っていた黒ずくめの人物が言葉を発した。ここ数日で耳慣れてしまった声音だった。
 目出し帽を脱いだ襲撃者は、やはり、クロードだった。こんな時でも、奴の金髪碧眼は絵になる。
「ザコに用はねえんだ、消えろ!」
 暴言と共にクロードが腕を振るうと、紙の人型は一瞬で細切れとなり、和己と呼ばれた少年は吹き飛んだ。禍人というオッサンも余波で飛ばされてしまった。暴風がこちらまで達し、俺達はなすすべもなく地に伏せて堪えた。
 唯一、照という少女だけが暴風の中で真っ直ぐ立っていた。
「ふん。アマツヒカリ。ジャポネの大地を背負う二神の片割れか。流石に他のザコとは違うな」
「あら。情報通でいらっしゃる。ただの暴漢ではないようね。わざわざフランス国からどのような用向きでいらしたのか、お聞かせ願いたいものだけれど、素直に喋る気はある? クロード=ミシェル=ドラノエ」
「てめえこそ情報通じゃねえか。別に構わねえが、その前にマイと戦わせろ。話はそれからだ」
 名を呼ばれた鵬塚が立ち上がろうとしたが、頭を押さえつけて伏せさせておく。この段に及んで、あいつと親友になれるはずなどと思ってもいないだろうが、普段から天然ボケなところがある奴だからな。いまだに緊張感のない考えを持っていそうで不安だ。
「そうさせないために、私が呼ばれたのよ。分からないセンパイね。お仕置きが必要かしら」
「ふん。貴様こそ、可愛げのないコーハイだな。確か、オレよりも一歳下だろう?」
「あら。年齢で論じるならば、私はある意味で何千年も年上よ。敬って頂ける、センパイ?」
「なら、ババアだな。コーハイ」
 言葉の応酬はそこまでだった。天津照という少女も、黒ずくめのクロードも、一瞬でかき消えた。少なくとも、俺にはそう見えた。
 鵬塚が視線を上げたので、俺と尚子と先輩方もならって天上を見上げる。すると、人影が二つ、飛び回っていた。
「えー、あー。先輩も飛べるんすか?」
 取り敢えず、聞いてみた。鵬塚は飛んでいたし、案外、飛翔という行為は一般的なのかもしれない。
「いいえ。そこまでの力は一般的な天原の民や鬼流にはないわ」
 よかった。人は飛ばないという常識が儚くも崩れ落ちるところだった。やはり飛ぶというのは特別なのだ。
 つまりは、クロードも特別ということだ。結局、何者なんだ?
 伏しつつ考えていると、天上が昼間のように明るくなった。加えて、熱も感じた。見上げてみた。
「先輩。太陽を生み出すのは――」
「普通、無理」
 ですよね。
 天上には炎の塊があった。黒点やらプロミネンスやら、理科の授業でならった太陽に付随する要素は見当たらないにしても、巨大な炎が天上に浮かぶ様子は太陽さながらだった。
 太陽は照という少女が生み出しているようであり、彼女の意思一つでクロードを呑み込もうと動き出すように見えた。
「お、おい! 正気か! 殺す気かよ!」
「当然よ。そのために私達が来たの」
 天上におわす者の声音は、距離があるにも関わらず不思議とよく通り、皆の耳に届いた。
 皆一様に、天満舘先輩や諏訪先輩も、衝撃を受けた様子だった。
 しかし、唯一、太陽をその身に受けることになるクロードだけが不適に笑み、少女を嘲っていた。
「その程度でか?」
「……」
 挑発の言葉を無視して照は太陽を放った。熱は空気を焦がしながら進行し、クロードを呑み込もうとする。
 くっそ……!
 目を閉じる。何もできず、現実から目を背けるしかできない。
 クロードは恐らく敵だ。けれど、ここ数日で良いところも悪いところも見た。全体的に態度が悪く、人を小馬鹿にした言葉を吐く点は悪癖としか言えないが、人の優れた点を素直に認めるところは美徳と思えた。
 良い奴か悪い奴かの判断を下すには浅い付き合いしかしていない。それは間違いないが、死んで欲しくない。助けたい。
 しかし、それは、不可能な願いだった。助ける術を俺は持たないのだから……



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