第4話『命を狙われる者』 10




 放課後になり、本日の八沢高天下一武道大会は、サッカー部代表者とクロードのPK対決で幕を開けた。ちなみに、サッカー部代表者は元々、女子の人気が高いエースストライカーであったのだが、今回に至ってはクロードにお鉢を持って行かれている。先程から女子の声援の大多数がクロードへと向いている。エースストライカー殿への声援は野太い男の声ばかりだ。いささか不憫である。
 ユニフォームを着てやる気満々のサッカー部に対し、クロードは制服に身を包んだままだった。流石に、体操着にでも着替えた方が動きやすいのではないかと、他人事ながら心配になるが、そのまま着替えずに勝負が開始された。
 まず結果だけを述べると、五対三でクロードが勝利した。
 クロードの蹴ったボールは全て、鋭い音を立てて風を切り、枠の隅へと吸い込まれていった。サッカー部のゴールキーパーであっても、読みを外したら捕捉することができなかっただろう。いや、ひょっとすれば、読んでいたとしても、ゴールネットを揺らしてしまっていたかもしれない。勿論、エースストライカーもまた善戦した。全て枠を捉えていたのはもとより、きわどいコースを攻めてもいた。そうであるにもかかわらず、クロードは長い手足でそれを二度も阻んだ。
 当然ながら、勝負会場となっていたグラウンドは、女子の黄色い歓声で包まれた。ついでに、男子の野太い歓声でも包まれた。イケメンであるだけならば反感しか生まれないだろうが、こうまで明確に実力を示されてしまえば、寧ろ、好感の方が強くなるのも道理だ。
 敗れたエースストライカーもまた、すっきりした笑顔で握手を求めている。クロードも特に拒みはせず、青春の一ページが八沢高校の放課後に刻まれた。
「次の勝負は武道場で開催しまーす! 見学の方は二列に並んで移動してくださーい!」
 お行儀のいい案内が出された。通常であれば馬鹿正直に並ばないのが、我らが八沢高クオリティなのだが、今回は大多数が指示に従った。
「ほらほら。走らないでね。焦らなくても、みんなが揃ってから始めますよ。うん。ありがとう」
「……なんで会長が案内してるのかしら?」
 尚子の言う通り、何故か天満舘先輩が生徒たちを誘導していた。イベントであの人が前線にいることは今まで無かった。いつも中心で取り仕切っていたものだが、はて?
 まあ、いい加減、会長職を引退して後輩に任せたのかもしれない。そういえば、昨日の八沢高天下一武道大会――ええい、面倒だ。八天武とでも略そう。昨日の八天武でも、取り仕切っていたのは二年の副生徒会長だった。あの人が忙しくしているのを見たのは、俺の記憶の上では初めてだった。今頃、武道場で準備に奔走しつつ、更に先の勝負のための準備も後輩に指示して進めているのかもしれない。
 責任者は大変だ。俺はなるべくストレスフリーで生きたい。

 武道場では、剣道部、柔道部、空手部が勝負する運びとなった。クロードはいずれも、体育レベルでの経験があるらしい。少なくとも、ルールは把握済みとのことだ。
「……防具はつけなければいけないのか? 臭うぞ」
「危険ですので」
「ふん。全て避ければいいのだろう?」
「万が一ということがありますので」
 クロードの不満は、常識的な判断で退けられた。彼はしぶしぶ防具を身につけ始めた。たまに手間取り、剣道部員に手伝って貰っている辺り、本当に体育レベルの経験のみなのだろう。それであれだけ大口が叩けるのは一種の才能と言えよう。
 没個性化したクロードと剣道部代表が開始線に立ち、武道場を静けさが満たす。どこかから小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 そして、戦いが始まり、終わった。
「気合いと共に面と叫ばなければいけないんだったか?」
「い、いや。公式試合でもないし、構わないが……その、一本。それまで」
 開始の合図からゼロコンマ一秒と経たずに、剣道部代表の脳天がかち割られた。いや、すまん。言い過ぎた。かち割られてはいない。つまり、瞬きをする間もなく、クロードの竹刀が剣道部代表から面での一本を奪ったのだ。
 八天武の開催期間も長くはないので、大概の勝負のルールは公式なものよりも簡素化している。剣道対決にしても、三本先取ではなく、一本を取った時点で勝利となっている。ゆえに、剣道勝負はこれにて終了と相成る。
「動き、見えたか?」
「全く」
 そこここから、そのようなやり取りが聞こえた。固まって気合いの入った応援をしていた剣道部員達もまた戸惑った様子で囁き合っているところを見ると、普段から面、胴、小手と打ち合っている彼らであっても、クロードの動きは視認できなかったらしい。
「真依。見えた?」
 コクコク。
 しかしながら、我が親友殿は動体視力も規格外のご様子で、皆が戸惑っている中でも何処吹く風で首肯した。
 マジか。見えたか。
「やっぱ、クロードもこいつらみたいなアレなのか……」
「指示詞での会話はウザイけど、この際、仕方ないわね」
 お前は本当に人を――というか、俺を苛つかせるな。まあ、いちいち噛みつかないことにする。これこそストレスフリーへの第一歩だ。
 脳内で尚子にイライラしつつ、こっそりと天満舘先輩のそばへ移動する。
「先輩は今の、見えました?」
 天原の民とやらもまた、鵬塚のように特殊な存在だというなら、可能性はある。
「ええ。でも、相対した上で対処できたかと聞かれたら、ちょっと怪しいわね。隼人なら対処できたかもしれないけど」
「超人博覧会って感じっすね……」
 先輩は大きな瞳を瞬かせてから、おかしそうに笑った。
 少し変なことを言ってしまったか。
「オレはケンドーに関して初心者と変わらん。不意打ちのようなマネでもしないと勝てなかったんでな。すまなかった」
「い、いや。今の足捌きだけで充分にお前が勝つ理由たり得る。謝罪はいらない」
「そうか。潔いな。流石、ジャポネソードマンだ」
 防具を外した二人のソードマンががっちりと握手をすると、ようよう、静まりかえっていた武道場に歓声が満ちた。PK対決同様、男子、女子双方の歓声がそこここで上がっていた。
「よし! 次はおいどんが相手じゃ! 日本の神髄は柔道よ! だっはっは!」
 歓声が静まった頃、柔道着に身を包んだ巨漢が大声で笑い出した。柔道部元部長の嘉納先輩だ。柔道が強いというよりも、一人称や口調が特徴的であるため、有名となっている先輩である。実際、おいどんなんていう一人称は漫画でしかお目にかかったことがない。八沢高の有名人トップ10に入る強者と言えよう。
 なお、一応、蛇足を承知で言及するが、ここで言う強者とは、変人と同義である。
「嘉納先輩、少しお待ち下さい。クロードくん、休憩は必要ないですか?」
「不要だ」
「では、先輩の仰る通り、続けて柔道部との勝負を始めます。クロードくんも柔道着に着替えてください」
 今度はクロードも無駄な抵抗をせずに、素直に柔道着を受け取って更衣室へ向かった。しかし、剣道の防具同様、着方に困ったのだろうか、助けを求める声が聞こえた。柔道部員がフォローに向かい、しばらくすると、柔道着姿の金髪碧眼イケメンが登場した。
 やはり、女子の黄色い歓声が響き渡った。
「だっはっは! 二枚目は何でも似合うのお! うちの部に美男子はおらんし、組んだら思わずときめいてしまいそうじゃ!」
 何を言っているんだ、この巨漢は。
 ちなみに、先程とは質の異なる甲高い悲鳴が響いた。大多数は嫌そうだったが、一部は喜んでいるようにも聞こえた。あれだろう。いつかの部活巡りの時に訪問することを取りやめた、BL同好会の奴らだろう。寝技になったらもっとうるさくなるかもしれない。
「それでは、時間も少し押しているので始めます。嘉納先輩もクロードくんも、よろしいですね?」
「応!」
「ああ」
 開始の合図が発せられ、巨漢と二枚目の対決が始まった。まず結論から言うと、巨漢の勝ちだった。
 クロードは剣道勝負同様、巧みな足捌きで、嘉納先輩が襟を取りに来るのを幾度も防いでいた。しかし、組まずにいるだけでは勝てず、果ては、消極性をもって警告を貰ってしまった。そのまま攻めずにいては判定負けが目に見えており、クロードも危険を承知の上で嘉納先輩に接近を試みた。
 嘉納先輩は変人具合が際立っていることで名が知れているが、柔道自体も強い。何段かは知らないが、黒帯である。加えて、クロードよりも身長が高く、体重も二回りは重い。部活で鍛え抜いた身体は筋力も充分備わっている。よって、掴まれたら最後、クロードくらいの体格ではとても太刀打ちできないのが普通だ。
 しかし、それでもクロードは簡単には屈しなかった。嘉納先輩が背負い投げの姿勢に入っても、全く足は浮かず、表情は苦渋に満ちながらも決して投げ飛ばされることはなかった。何度かの組み合いを経てバランスを崩され、結果的に大外刈りを食らったとはいえ、決して見劣りせずに戦ったと言える。
「一本! それまで。柔道部の勝利です」
 審判の宣言を受け、歓声と嘆声がそれぞれ上がった。しかし、それも一瞬だ。対戦者は共に良い勝負をしたと誰もが認めたのだろう。直ぐに歓声一色となり、拍手がそこここから上がった。
 今度ばかりは流石に体力を消費したようで、クロードが息を切らせながら開始線まで戻る。乱れた柔道着を軽く直してから、深く礼をした。そうしてから、嘉納先輩と強く握手し、がっちり抱き合って健闘をたたえ合った。
 こいつ、言葉遣いは荒いが、一般的な礼儀作法はわきまえているよな。
「……ふぅ。おい。さっさと次だ。次はジャポネカラテだろう?」
「お疲れのようですし、少しくらい休憩した方が――」
「いらねえ。とっととしろ」
 ホント、言葉はアレだけど。
 クロードはみたび、更衣室へ向かい、空手部から渡された道着に着替えた。やはり、空手部の助けが入っていた。
 一方、空手部代表は道着以外の準備をしていた。彼は、生徒会から渡されたスポンジ増量グローブを両手にはめ、顔を顰めた。明らかにやりづらそうだった。
 今回、クロードとの対決では危険性を鑑みて、顔面への打撃は禁止されているという。上半身正面の腕以外の部位へ打撃を三度入れることで勝ちとなるルールだ。空手部員だからといって極めて有利という状況ではなく、剣道部や柔道部と比べると、やや不公平な感は強い。
「んなもん、取れ。顔面も遠慮なく来いよ。ジャポネカラテも少しは分かるからな。そっちが得意なルール通りで構わねえ」
「は?」
 道着を着こなしたクロードが現れ、突然、そのように誘った。彼自身もまた、生徒会から手渡されたグローブをその辺に放り投げ、両手両足をぶらぶらさせ、軽い準備運動を始めていた。
「だ、駄目です!」
 次の勝負の打ち合わせをしていた副会長がとんできた。慌てた様子がどうにも落ち着かず、安心感は皆無であった。
「うるせえ。中途半端な勝負で満足できるか。オレもこいつもな」
「それは……その通りだ!」
 クロードの主張に、空手部もここぞとばかりに乗っかった。
「で、ですが、それは事前に禁止だとお伝えしているはずで……」
「知らん。とにかく、決めた」
 傍若無人だな、あいつ。転校したてのくせに可愛げが全くない。
 しかし、そこがいいのか、何名かの女子は、もはや何度目になるのかもわからない黄色い歓声を上げていた。
 うぜえ。
「いいんすか、会長」
 天満舘先輩に声をかけると、彼女はなぜか嬉しそうに微笑んでいた。
「駄目だけど、私が出張るのも駄目なので、ここは静かに後輩を見守るのに徹するわ。頑張って、フクちゃん」
 フクちゃんとは副会長のことのようだ。フク会長だからフクちゃんというわけでなく、確か、服部耕太郎という名前だったはずなので、服部(はっとり)の先頭一文字でフクちゃんなのだろう。どうでもいいことだが。
 ちなみに、フクちゃんは見事に押し切られ、グローブなし顔面ありのジャポネカラテ勝負が決まってしまった。
「だあ、もお! 相手に酷い怪我させたら、反省文どころか、悪くすれば停学ですからね! 3ポイント先取勝負、始めぇ!」
 フクちゃんの悲鳴に似た言葉を合図として、クロード