第4話『命を狙われる者』 09




 んあ? 何か振動音がうるさいな。目覚ましのアラームは七時に設定しているはずだが、今は五時だ。
「……なるほど。無視しよう」
 携帯電話のディスプレイに表示されていた文字列を認識し、決意した。鵬塚兄のシスコンに、そう何度も付き合っていられるか。
 何が起きたにしろ、後だ、後。仮に、鵬塚の身に危険が迫っているのであれば、悠長に俺に電話してくるはずもない。何か起きてしまった事柄の報告といったところだろう。ならば、今聞こうが、後で聞こうが変わらない。今は、寝る。なぜならば、眠いからだ。
 暖かい布団くんを頭から被り、しばし、堪えた。しかし、振動音は何時までも続いた。眠気を妨げる効果は充分だった。
「っち。うぜえ。マジうぜえ」
 悪態をつきながら、通話ボタンを押した。
『居留守はいけないよ、富安くん』
「うるさい」
『おやおや。ご機嫌斜めだね。まあ、気持ちは分かるよ。だから、手短に済まそう』
 忖度だけでなく、行動で示して貰いたかった。何故に電話をかけるというアクションを起こしてしまったのか、このシスコン兄は。
『二年生の木崎亘という生徒が、昨夜襲撃を受けた。八沢高天下一武道大会でクロードくんとはやぶさ勝負した子だ。クロードくんに負けず劣らず、常人とは隔絶した手の動きをしていたが、まさか鬼流だったとはね』
 何やら聞き覚えのない単語が出てきたが、それはともかく、肝要なのは、また襲撃された奴が出たということだ。しかも、状況からすると、クロードが天下一武道大会で選別していた可能性がありそうなのだ。
 はやぶさ勝負というと、トランプ同好会か。代表者の名前までは知らなかったが、六組の男子だったはずだ。
「無事なのか?」
『特に怪我はないらしいね。先日の襲撃の件は、この近在に済む『皆さん』に周知されているから、襲撃を警戒していたのだろう。木崎の家の者が数名で撃退したそうだよ。まあ、撃退というと聞こえはいいけど、いいように翻弄されて逃げられたみたいだけどね』
 手短という割に話が長い、と文句を言いたくなるのをぐっと堪える。何だかんだで重要な情報ではあるのだ。
 天満舘先輩と諏訪先輩は実力を計るまでもなく、学校内外に優秀さが知れ渡っていた。ゆえに、際だって優秀な者――星選者の可能性がある彼らを狙う襲撃者として、学校内外の誰もが該当し得たのだ。
 しかし、木崎とやらの話題はこれまでとんと聞いたことがない。そもそも、トランプ同好会でまったり過ごしている高校二年生だ。通常であれば、例の襲撃者に狙われる可能性は低い人物と見て、間違いはないだろう。
 つまりは、木崎が襲撃対象に選定されたのは、八沢高天下一武道大会を因としている可能性が高く、ひいては、クロードが例の襲撃者と断定し得る。そのように結論づけるのは、それほど奇異とは言えない状況になってきたのだ。
「鵬塚は棄権させた方がいいか?」
『突然棄権してしまうと、逆に目立ってしまうだろうね。そもそも、真依はもうクロードくんに少し目をつけられてしまっている節があるしね』
 確かに、わざわざ七組の教室までやってきて声をかけた以上、少なくとも、運動神経のいい女子生徒としてマークされている可能性は高い。その上で、昨日の今日で勝負を下りたとあれば、疑いをかけられて今夜の襲撃対象リストに含められないとも限らない。
 あっさり負けるのが無難な対応か。
『それに、真依も楽しみにしているしね。なるべくなら棄権せず、それでいて、ばれずに済ませたい。よろしく頼むよ、富や――』
 問答無用で通話を切った。
 朝っぱらから鬱陶しいシスコン総理大臣である。考えるのは後回しにして二度寝しよう。苛ついたままだと良い考えも浮かばん。
 あぁ。お布団くんがこうして隣にいれば最高に幸せだ。このまま昼まで一緒に過ごせたらいいのに。

 勿論、お布団くんとの蜜月は長くは続かなかった。哀れ、引き裂かれた俺達は、昼を待たずに別れの時を迎えた。
「泰司。なんかウザい」
 登校中、尚子が朝から喧嘩を売ってきた。寝不足で買う気も起きん。ああ、眠い。
「まあ、ウザ泰司はともかく、クロードのことね。真依も永治さんから話聞いてる?」
 コクコク。
 鵬塚は何故か楽しそうに首肯した。
 どうして楽しそうなのか、甚だ疑問ではあるが――ああ、なるほど。天満舘先輩達が属す天原とやらに続いて、木崎が属す鬼流とかいうのが現れたことで、現代ファンタジー感が増したと、ご満悦なのかもしれん。そもそもこいつ自身が、ファンタジー世界の住人らしさを存分に兼ね備えているはずなのだが、不思議なものだ。
 いや、というかな。ちょっと、待て。お前に危険が迫っていること、分かってんのか。
「嬉しそうなところ悪いけど、この状況は本当によくないよ。明日の勝負はあっさり負けること。いい?」
 珍しく尚子が、鵬塚に対して厳しい口調で注意している。普段、砂糖菓子のように鵬塚に甘いこいつも、事が事となれば厳格な態度を取れるらしい。俺から言うことが何もなさそうで、何よりだ。何もせずに済むのであれば、それに越したことはない。眠いし。
 一方で、鵬塚は状況が分かっていないのか、平素と同じく、フルフルと緩やかに尚子の忠告を拒絶した。
「……け……しょ……で……ば……る……じょ……」
 相変わらず、こいつの発想は少年漫画よりである。仮にも女なのだから、せめて少女漫画よりの発想をすべきではないか。
 いや、そもそも、漫画のような発想をしないで欲しい。
「あ、あのね。真依。真剣勝負で芽生える友情っていうのも素晴らしいと思うわ。男の浪漫よね」
 お前らは男ではないがな。
「でもね。今回、クロードに真依のことがばれたら、転校ってことになりかねないし、最悪は、その……」
 ふむ。まあ、言葉に詰まる気持ちは分かる。日本の平和ボケした学生でしかない俺達にとって、最悪の結果である死は、口に出すことすら忌避したくなる重苦しさを孕んでいる。
 しかし、鵬塚は変わらず脳天気な笑顔を浮かべて、サムズアップして見せた。
「……い……じょ……」
「何を根拠にだよ。大丈夫じゃないと思う材料はあっても、大丈夫と思う材料は皆無だぞ、今のところ」
 思わず口を出すと、珍しくも尚子がコクコクと首肯し、俺の味方についた。雨が降るかもしれん。
 一方で、鵬塚は変わらずに笑顔で、ぐっと拳を握って自信満々な様子だった。
「……ロ……ド……く……し……ゆう……な……る……ん……!」
 これまた根拠もなにもない自信だった。いまだに、クロードと親友になれると信じているらしい。
 まさか、名前を呼び捨てにされたことで自信をつけているわけでもあるまいな。
 よし。こんな時こそ、ホウレンソウだ。携帯電話をポケットから取りだして、通話ボタンを押す。数度のコールの後、シスコン兄が出た。
「あんたの妹、どうするよ?」
『いきなり用件だけ口にするのはどうかな。まあ、状況は分かっているけれどね』
 盗聴と盗撮で全てを把握しているくせに、無駄な発言で時間を浪費しないで貰いたいものだ。
『結論としては、真依の意向を尊重するよう、頼むよ』
「おい。シスコン」
 思わず尖った声が出た。
『そう怒らないでくれ。僕だって真依の安全に対して、万全を期したいところだが、学校生活はそもそも真依の望みだ。真依が望むことを優先してあげたい。これはかつて、君も言ってくれたことだよ』
「……まあな」
『最悪な場合でも、真依は護る。だから、頼まれてくれないかな』
 何やら、永治さんの声質が硬くなった。平和ボケした俺達とは違う未来を考えている時の声だ。彼の立場と権限を考慮するに、どこまでのことを考えているのかが色々と想像されて、背筋が少し寒くなった。
「とりあえず、分かったと言っておく。あと、出来ればでいいが、あまり物騒なことは止めてくれ。相手がどういうつもりだとしても」
『ありがとう。日本人らしい甘さは僕だって嫌いじゃないさ。善処する』
 通話が切れた。
 はあ。鵬塚が転校してきた日以来だな。あの兄が少し怖いと感じたのは。
 さて、鵬塚兄はこちらをのぞき見、盗み聞いているが、鵬塚や尚子は当然、俺の携帯電話の通話を盗聴できるわけじゃない。永治さんの言葉を伝えねばなるまい。
 彼女たちの注目を受けつつ、ため息交じりに結論を口にする。
「ご随意にとのことだ。真剣勝負がお望みなら、そうしろ」
 ぱああっと鵬塚は満面の笑みを浮かべた。
 一方で、尚子は不満げに頬を膨らませて、こちらを睨んだ。
 待て。俺を怒っても仕方が無いぞ。
「……ば……る……!」
 はいはい。頑張れ。
 兄貴と違って、お前の頭は俺達以上にお花畑で、安心するよ。ホント。



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