第4話『命を狙われる者』 08




 我らが文芸部の申請は特に問題もなく通った。集計を担っている一年生の書記によれば、今のところは、勝負内容も重複していないという。ちなみに、やはり殴り合いの勝負を望んでいるのは空手部のみだとか。勿論、柔道部や剣道部はそれぞれの得意分野――空手と剣道を勝負内容に選択したという。クロード所望の殴り合いではないにしろ、武道大会の名に恥じない勝負はいくらか催されることになりそうだ。
 さて。無事に申請が完了したのであれば、今日はもう帰っていいだろう。上着と鞄に手を伸ばす。
「ちょっと、泰司。何で帰ろうとしてんのよ」
 馬鹿部長殿に待ったをかけられた。うぜえ。
「あとは明日の本番に備えてゆっくり休むべきだろ」
「真依は手押し相撲やったことないのよ。練習に付き合いなさい!」
 俺の正論を一顧だにせず、尚子は鬱陶しい熱血部長さながらに、こちらを指さした。
 彼女の後ろでは、岬がこそこそと帰り支度を済ませ、実際に扉を潜った。姿を消す際に手を合わせていたが、明日、覚えていろよ。
 というか、アレに練習もなにもないだろう。掌を押すだけではないか。
「鵬塚。とにかく相手の手を押せ」
 コクコク。
「免許皆伝だ」
「待ちなさい! やる気がないにも程があるでしょ! もっとこう、テクニック的なところを伝授しなさい! 猫だましとか、フェイントとか!」
「うっせ! 口出すなら、お前が教えろよ!」
 鵬塚兄によって早起きを強いられた俺は、当然ながら早く帰りたいのだ。
「あたしは手押し相撲が苦手なの!」
 言われずとも知っているがな。子供の頃に駄菓子を賭けてカモった回数は数知れない。恐らく、直情型なのが敗因のひとつだろう。尚子の分析はどうでもいいか。
 それよりも、鵬塚だ。こいつも何だかんだで駆け引き的なところは弱い印象が強い。作戦を一つだけ用意しておいて、それが駄目ならがむしゃらに攻めるくらいのざっくりした方針でいいかもな。そもそも、クロードも初心者のはずなわけだし。
「よし。なら、こうしよう」
 テキトーな提案をして、その日は帰宅した。だるい一日だった。はぁ。

 翌日、いつも通りの登校風景の中に、クロード=ミシェル=ドラノエくんによるハーレム劇場が追加された。うぜえ。
 いや、正確を期すのであれば、ハーレムという表現はクロードにとって不本意やもしれない。なぜならば、クロードは心の底から鬱陶しそうに、喧しい女子連中を愛想悪くあしらっているのだから。
 それでも、後から後から女子が湧いてきてクロードにまとわりつく様は、はっきり言って腹の立つものであった。
「あんなののどこがいいのかしら。口汚い外国人ヤンキーじゃない」
 尚子は一日経っても、昨日の鵬塚への暴言を許せずにいるらしかった。しつこい奴だ。
 まあ、俺は俺で、ハーレム状態の美形が気にくわないという心の狭さを発揮してしまっているのだからして、人のことを言えない。それは、隣を歩く友人、野村太郎も同様である。
「うちの転校生は美少女でも、色々と残念な要素が多すぎて、ああいう騒ぎは一度もなかったが、三組の美形は凄まじいな。羨ましい……」
「確かにな。鵬塚は初日からコミュニケーションブレイク率100パーセントだったからな。クロードの口汚さもどうかとは思うが、ウケる女子にはウケそうではあるか」
「やっぱ、二枚目はお得なんスね」
「ビンゴ、ピーザ」
「何、馬鹿なこと言ってんのよ。あと、真依のこと馬鹿にすんな」
 過保護なアホに睨まれた。
 一方で、過剰に保護されたアホはクロードに羨望のまなざしを向けていた。
 太郎のように、モテているのが羨ましいと考えているわけではなく、友達がいっぱいで羨ましいという視線だろう。だが待て。アレはお前が思っているような仲良しグループではない。クロード側にその気が皆無という意味でも、集まった女子連中が他者を蹴落とす気満々であるという意味でも。
 ちなみに、その日の登校はクロードに注目が集まってしまったためか、いつもであれば鵬塚に声をかける奴らから音沙汰が無かった。それもまた、鵬塚がクロードを羨む気持ちに拍車をかけていたことかと思われるが、正直、どうでもいい。
 ああ、朝っぱらから頭に響く、黄色い声がうざい。

 八沢高天下一武道大会へは、特にデメリットが無いという理由のためか、ほとんど全ての部活が参加することになった。そのため、放課後の二時間を使って、三日かけて実施される運びとなった。
 文芸部は三日目の対戦予定となっているが、順調に進めば早めに呼ばれる可能性もある。その場合は、校内放送で呼び出して貰えるというから、わざわざ、会場となっている生徒会室の隣の空き教室に常駐している必要は、当然ない。にもかかわらず、岬を除いた文芸部員は全員、その場で体育座りをして見学している。
 とても面倒である。
「見学して面白そうなのは、体育館とか武道場とかグラウンドでやるので、ここでずっと見ていなくていいかと思いますけど……」
 一年の書記の子が、訝るように、そう提言してくれた。
 そう。例えば、サッカー部とのPK対決はグラウンドで、バスケ部との1on1は体育館で、空手部や柔道部などの武道系対決は武道場で行われる。見学していて楽しいのはそういったものに限られていて、今行われている、トランプ同好会との『はやぶさ対決』など、見ていても仕方が無い。
 赤縁眼鏡をかけた書記の女の子としては、開始から片時も見逃さずに体育座りしている我々は、不審者以外の何物でも無いだろう。
「お構いなく。ありがとう」
 尚子が笑顔で返答するも、行動が怪しいので不審さは拭えるわけもない。
「……も……り……と……」
 鵬塚もまた微笑みと共に『愛想良く』返しているが、その声量ゆえに、尚子以上に不審であった。
 書記の子は少々引いている。
「クロードくんの勝利です」
「っく! 強すぎる……! 本当に初めてなのか?」
「ルールが単純で前提知識も必要ない。この程度のこと、初見でも対処できる。馬鹿にしているのか」
 項垂れるトランプ同好会の人間に、クロードは冷ややかな視線を向けてにべもなく言った。
 確かに、はやぶさ程度であれば初見でもそれなりに対応できるだろうが、それでも、クロードの手の動きは素早すぎた。事実、初見なのだとすれば、トランプ同好会がふがいないというよりかは、やはり、クロードの頭脳や反射神経が優秀と考えるのが妥当だろう。
『きゃー!』
 そして、ここでも聞こえる黄色い声。
 物好きは俺らだけではないのだ。イケメン好きの女子も数名、常駐している。
 うぜ。
「お静かに願います」
 やはり、書記の子が冷ややかな視線を女子どもに向け、注意した。真面目な子である。
 トランプ同好会の代表はクロードと握手し、軽く同好会への勧誘をしてから、退室した。続けて、猫を愛でる会の二年生が入室してきた。
 あれは、四組の女子だったか。性格が犬っぽいけれど猫派、というネタのような自己紹介を、鵬塚が部活探しをしていた際に聞いた記憶がある。あのあとに三年の部長が引退したことで、新部長になったと聞き及んでいる。しかし、どんな勝負をする気だ?
「猫を愛でる会の部長、安孫子智美です。よろしくお願いします」
「ああ。それで、この申請内容にある山手線ゲームっつーのは何だ?」
 そう来たか。というか、俺らもそうすればよかった……いや、駄目か。鵬塚だと言葉を聞き取って貰えずに負け扱いされる可能性が高い。ゲームタイトルなどならば無限にひねり出せそうなのだが、何とも惜しい。
「お題に沿った名詞を交互に出して、何も出てこなくなった方が負けになるゲームです。当然、重複はNGですよ。そして、今回のお題は『猫の種類』です!」
 勝ちに来たな、猫を愛でる会。公式の場で活躍を見込めない部や同好会は、様々な面で冷遇されがちだ。部費アップのチャンスに対しては、ここぞとばかりに貪欲にもなるだろう。というか、奴らはどんな活動をしているのか、今更ながら気になる。部費がアップしたとして、何をするのだろうか。まさか、猫カフェでの飲食費に当てるわけもあるまい。
 どうでもいいな。とにかく、勝負の行方に目を向けよう。山手線ゲームの様子を見たところで、クロードの正体に迫れるとも思えんが。
「山手線ゲーム!」
 クロード目当ての女子たちと、ノリの良い生徒会役員が、声を上げつつ拍手している。天満舘先輩は微笑みを浮かべて手を打ち、諏訪先輩はむっつりとして流した。なお、書記の子は諏訪先輩同様、冷ややかな表情で眺めていた。まあ、気持ちは分からんでもない。
 とにもかくにも、対決が始まり、猫の種類と合いの手だけが空き教室を満たした。
「アビシニアン」
 パンパン。
「アメリカンショートヘア」
 パンパン。
「シャム」
 パンパン。
「スコティッシュフォールド」
 意外とクロードが詳しいな。俺も聞いたことのある名前ばかりではあるが、正直、いきなり猫の種類を言えと言われて、スコティッシュフォールドとは口に出来ない。言えても三毛猫くらいだろう。いや、待てよ。三毛猫というのは種類に入るのだろうか。もしかすれば、引っかけかもしれない。正式には、もっと仰々しい名称があるのかも……
 などと、どうでもいいことを考えていたら、猫を愛でる会とクロードの勝負に動きがあった。クロードの表情が苦渋に歪み始めたのだ。猫の種類を口にするのに少しの間が生まれ始めた。対して、猫を愛でる会新部長、安孫子には余裕がある。
「ライコイ」
 パンパン。
「……ヨークチョコレート」
 パンパン。
「モハーベバブ」
 パンパン。
「……っく」
「猫を愛でる会代表、安孫子智美さんの勝利です」
 おお。勝ったか。流石に猫の種類を完璧に覚えているほど、クロードも超人ではなかったようだな。
 いや、だからどうしたって言われたらそれまでなのだが。頭脳の優秀さの片鱗くらいは垣間見られたか。だからといって、例の襲撃者かどうか判断がつくかというと、つかないのだから、無駄な情報でしかないだろう。
 ふむ。ここにいる意味はあるのか、疑問を覚え始めたぞ。
「いい勝負でした、クロードくん。まさか、メジャー種が全部出尽くすとは予想していませんでした。マイナー種に入ってからもしばらく続きましたし、驚く限りです」
「お前にはまだまだ余裕があった。一つの団体を代表して出てきただけはある。トモミだったな。覚えておこう」
「恐縮です。よろしければ是非、猫を愛でる会へ。それでは」
 何やら妙な友情が芽生えたらしい。
 女子共が悔しげにしているが、そういうのとは違う気がするぞ。
 その後も、いくつもの部や同好会が勝負をして、あるいはクロードが勝ち、あるいは代表者が勝ち、二時間が過ぎていった。総合的な情報から、クロードの身体能力も頭脳も、極めて優秀であることが窺えた。星選者を亡き者とするために、フランス国が送り込んだ刺客である可能性は否定しきれなかった。
 とはいえ、いずれの勝負もいたって平和なものであるゆえ、緊張感は相当緩和されていた。特に、文化部との勝負はお遊び感の強いものばかりだった。否が応でも緊張感がそがれた。だが、事実として、天満舘先輩と諏訪先輩は襲撃されており、その襲撃者の口からは星選者という単語が漏れているのだ。完全に気を緩めることなどできない。
 それは分かっていても、金髪碧眼のフランス人が早口言葉や指相撲や紙飛行機の飛距離対決をしている様を眺めていた俺は、ずっとこう思っていた。
 とっとと帰りてえ。



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