第4話『命を狙われる者』 03




「いいいい、命って永治さァん! ホントなンですかァ!?」
 鵬塚の命が狙われているという言葉を受けて一番動揺したのは尚子だった。所々裏返った声で叫び、涙目になって鵬塚をきつく抱きしめている。
 一方で、当人である鵬塚は特に感じることもないようで、持参した朝ご飯――鵬塚兄お手製のアボガドツナサンドを小さな口で懸命に頬張っている。
「ホントだよ」
 鵬塚自身よりかは緊迫感のある面持ちで、鵬塚兄は言い切った。マジか。
 ん? いや、ちょっと待て。
「というか、俺らの感覚からすると、命を狙われるっつーのは一大事に思えるが、お前らにとっては日常茶飯事なんじゃないのか?」
 鵬塚真依は星選者という特殊な存在だという。曰く、青き星地球に宿る膨大な力を扱い、絶大な威力の攻撃を加えることが可能だとか。空を飛ぶことなど容易く、核弾頭すら防ぎうるとも聞く。それ故に、現在日本国は各国に対して発言力があるらしい。要するに、喧嘩の強いガキ大将状態なのだ。そうなってくると、他国としては当然面白くなく、当の星選者を亡き者にしようと画策しているらしい。
 以上を踏まえるに、鵬塚真依が命を狙われるというのは、彼女たちの状況として平時なはずだ。
「日常茶飯事というのは言い過ぎかな。そもそも、真依の存在はトップシークレットなわけで、居場所を嗅ぎつけられて実際に命を狙われることは、そうそう無い」
 む。そう聞くと、やはり一大事のように思えてきたな。
「て、転校しちゃうんですか?」
 尚子の疑問の言葉で、ようやく鵬塚自身の顔が一気に青ざめた。
 こいつ、今の今までその可能性を考えてなかったのか。星選者だか何だか知らんが、基本、こいつってアホだよな。
「……やだ……!」
 フルフル!
 鵬塚は珍しくまともに聞き取れる声量で拒絶を示し、更に、首を強く横に降ってジェスチャーでも拒否してみせた。
 死ぬくらいなら転校した方がいいと思うのが普通の感覚だろうが、死の危険を冒しつつも学校に通いたいと望み、友を望んだ彼女ならば、答えは初めから決まっていた。
 当然、鵬塚の望みを第一とするシスコンの鵬塚兄だとて、今のところは転校を考えていまい。考えていたなら、そもそも俺らは呼ばれない。
 鵬塚兄は少し表情を和らげ、小さく笑んだ。
「少し言葉が過ぎたね。現状、命を狙われていると断定するまでは至っていない。可能性があるという話だ。ゆえに、今日すぐに転校するようなことにはならないよ」
「よ、よかったぁ。よかったね、真依!」
 コクコク!
 鵬塚と尚子は満面の笑みを浮かべて抱き合っていた。仲良きことは美しき哉ってか。
 さて。喜ぶのは彼女たちに任せておこう。俺は歓喜ではなく憤怒に震えねばならない。
「というか、それならそれで別の問題があるぞ」
 皆が訝しげにこちらを見る。
「なあ、永治さん。俺を朝五時に起こす必要はあったか?」
 詳しい事情はまだ分からんが、あくまでも可能性の話でしかないというのなら、早朝にたたき起こして集合をかけることに意味はあるだろうか。いや、ない。
 俺はこの時期の天使のような布団くんが大好きだ。ゆえに、此度のシスコン兄貴の所業は許しがたし。
 七つの大罪の憤怒に比肩する悪魔サタンの如き我が渋面を瞳に映し、鵬塚兄は苦笑し、尚子は呆れ顔を浮かべた。唯一、鵬塚がすまなそうにしているが、お前は別に悪くない。悪いのは一から十まで鵬塚兄だ。
 当の鵬塚兄は、苦笑を浮かべたままで頭をかいた。
「今度は楽観視させ過ぎてしまったかな。この可能性というのは充分な確実性を秘めたものであり、星選者の命が狙われている確率はそれなりに高い。緊急性はやはり高いんだ」
「えエ!?」
 再び、声を裏返して尚子が叫んだ。表情もまた悲哀に満ちている。
「昨夜、君たちの高校の天満舘佳音さんと諏訪隼人くんが帰宅途中に襲撃を受けた。襲撃者はただの暴漢ではあり得ず、彼ら天原の民に伍するか、それ以上に不可思議な力を有す者だったらしい」
「天満舘先輩と諏訪先輩が? 家を出る前に地方ニュースを眺めてきたが、そういう親御さんの心を乱すようなニュースはなかったぞ」
 お昼くらいに報じられるのかもしれないが……
「この件はニュースにならないよ。天満舘家から天原の民の上層部に報告が入れられただけで、警察へ通報などはされていないからね。僕もツテを頼って情報を仕入れただけで、正式な報告はもっと後になるだろう」
 間者ってやつか。
「それはともかく、その襲撃者がフランス語で星の魔女と呟いたそうだ」
『星の魔女?』
 何やら耳慣れない単語である。鵬塚と尚子の瞳が、場違いにも輝いている。ファンタジーゲームにでも出てきそうな単語を糧として、ファンタジーフリークの迷惑な血が騒ぎ出してしまったのだろう。
 鵬塚兄が呆れた様子で一度咳払いした。
「三人とも。時と場合を考えなさい」
 知らず知らずのうちに、俺の目も輝いてしまっていたらしい。
 今度は俺が一度咳払いをして、気まずさを誤魔化す。
 鵬塚と尚子もまた、気まずげに黙り込んだ。
 苦笑を浮かべた鵬塚兄は小さく息を吐き、先を続けた。
「La sorciere d'etoile――直訳すると星の魔女となるが、これの正式な訳は……」
「星選者……なのか?」
 疑問というよりかは確認の意味を込めた言葉に対し、鵬塚兄は無言で頷いた。
「襲撃者は仏語で、星選者ではない、と呟いた。彼、もしくは、彼女が狙っているのは、まず間違いなく星選者、つまり、真依なんだ」
 ふむ。確かに、狙われてはいそうな状況だ。狙いの対象が命なのかまでは確定しないが。
 そういえば、今何時だ? 鵬塚家を訪れて地下に潜り、それなりの時間が過ぎたはずだ。命を狙われていようがいまいが、鵬塚的には学校優先だろう。特に最近は、登下校で先輩後輩から挨拶をされて喜んでいる。遅刻は御法度に違いない。
 ん? ケータイが圏外? まあ、地下だからかもしれんが、こいつらの事情と、わざわざここまで呼び出された経緯からして、もしかすると……
「なあ、永治さん。この地下、電波妨害とかしてるか? というより、あらゆる傍受が不可?」
「ああ。よく気がついたね。君は相変わらず勘が鋭い。今、君たちが聞いた情報は、漏れると何かとまずいからね」
 鵬塚兄は爽やかな笑みを浮かべた。その爽やかさのせいで、彼は逆に胡散臭さを増した。
 まあ、こいつは総理大臣殿だというしな。それ以前に極度のシスコンだ。このくらいのことはデフォでするのかもしれん。たぶん。きっと。そうだと思う。いや、深く考えるのはよそう。面倒だ。そもそも――
「というわけで、ここで話した内容はオフレコで頼むよ。それから、しばらくはこの監視カメラを身につけていてくれるかな。監視の目は多いほどいい。真依に近づく人間に注意を払って欲しい」
 こちらから首を突っ込まずとも、シスコン馬鹿兄貴はこのように遠慮なく面倒を押しつけてくるのだ。多少なりとも思考停止していた方が、精神衛生上いい。
「これ、ヘアピンですか? こんなのがカメラなんですか?」
 尚子に渡された物は、確かにヘアピンにしか見えなかった。最近のカメラはここまで小型化しているのか。というか、尚子にヘアピンとはな。ぶーと鳴く生物にまん丸で綺麗な宝飾品を与えるかの如くだ。
「泰司! 何か文句ある!?」
「と、突然キレんな! 何も言ってねえだろ!」
「あんたは顔に出てんの!」
 気をつけよう。
「はいはい。ヘアピン一つで朝から喧嘩しない。まったく、君たちは。ともかく、そこにボタンがあるだろう? 速水さん。それでカメラのオンオフが出来るから、都合が悪い時はオフにしてくれて構わない」
「分かりました。あ、真依も同じヘアピン? お揃いだね」
「……しい……! ……いさ……り……とう……」
「どういたしまして」
 表情筋が緩みまくっている鵬塚を見つめる鵬塚兄の表情筋もまた緩みまくっている。変なところで似ている兄妹である。
 さて、お次は俺か。何だろうな。流石にヘアピンは嫌なのだが。
「富安くんはこのダテ眼鏡をどうぞ。これでおしゃれ男子の仲間入りだね」
「ぷっ。オシャレダンシ」
「おいそこ! 何笑ってやがる! つーか、馬鹿兄! あんたの笑顔にも含みしか感じねえぞ!」
 鵬塚兄の笑顔は常に違わず爽やかだが、こちらを馬鹿にしているようにしか見えなかった。俺の気の持ちようだろうか。だが、尚子。お前は駄目だ。お前はこちらを小馬鹿にする気満々だ。許さん。
 唯一、鵬塚だけはオロオロと困ったように皆の顔を見回す。
 というかな。お前もな。嘘でもいいからフォローの言葉とかをかけような。泣くぞ、俺は。



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