第4話『命を狙われる者』 02




 十一月ともなれば青林府の気温は比較的涼やかになる。当然ながら、朝は冷え冷えとしており、布団くんの魅力はうなぎ登りと決まっている。
 今朝も例に漏れず、かの者の魔手に絡め取られようとしていたのだが、その魅了(チャーム)を破る無粋な存在が割り込んできた。携帯電話の着信音である。
 どうせメールだろうと布団くんに潜り込んだが、着信音の繰り返し回数からして電話のようだ。時計を見るとまだ五時。非常識で大迷惑な野郎がいたものだ。
「……っち。やっぱシスコン総理大臣か」
 ケータイのディスプレイに映る文字列を目にして、俺は妙に納得してしまった。妹の都合以外を無視しまくる鵬塚永治ならば、早朝の電話くらいお茶の子さいさいだろう。
 出たくはないが、出なければ余計に面倒臭いことは目に見えている。諦めよう。
「もしもし。今何時か分かってるか?」
『すまないね、富安くん。登校前にうちに寄ってくれないかな。緊急事態だ』
「よく分からんけど、今話して済ませらんねぇの?」
 正直、朝早くたたき起こされた上に、いつもよりも早く家を出て鵬塚家へ向かうのは非常に面倒臭い。あとムカつく。
『駄目だ。では、六時半に』
「は? いくらなんでも六時半は早すぎ……って切れてるし」
 五時に起きたのだから、六時半に鵬塚家へ辿り着くことは可能だ。可能だが、嫌だ。
 しかし、電話先の鵬塚兄の言葉は異論を一切認めない様子だった。いくらシスコンの馬鹿兄貴とはいっても、あそこまでの頑強な態度はこれまでにない。
「……これで、いつもと同じような下らない用事だったら、一発殴らせてもらおう」
 そう決意し、大きくあくびをした。

 このところ、秋はなりを潜め、冬の足音が聞こえ始めている。朝は特に底冷えする時期だが、いつも以上に早い時間に外を歩くと、寒風が全身を襲い骨身にしみる。
 マジで寒ぃ。行くの止めようかな。
 踵を返しかけたところで、再びの着信音である。
『帰らないように頼むよ』
「俺に監視でもつけてんのか?」
 盗聴器はつけられているはずだが、監視がついているなどというのは聞いていない。
『君の普段の様子から導き出した推理だよ。どうやら思った通り、帰ろうとしていたのだね』
 電話機の向こう側で小さくため息を吐いている音が聞こえた。
 ため息を吐きたいのはこっちだ。
『速水さんはもう着いているよ。君も早く来なさい』
 そう言って、永治さんは電話を切った。
 尚子も呼び出したのか。となると、十中八九、鵬塚のことだな。
 これで、もっと友達を増やそう週間、とか言いだしたらマジで殴ってやる。

 鵬塚家に辿り着きチャイムを押すと、直ぐに玄関扉が開かれた。顔を見せたのは鵬塚永治ではなく、彼の妹で俺の親友殿である鵬塚真依だった。部屋着にしているのか、八沢高校のジャージに身を包んでいた。
 いや待て。あのクソ兄貴、俺を五時にたたき起こしておいて、こいつは六時くらいまで寝かしといたな。明らかに寝ぼけ眼だ。いまだに部屋着なのも、その証左と思える。同じく五時に起きていたら、出掛ける準備を整えて、制服に身を包んでいてもよさそうなものだ。
「……は……う……」
 俺の目つきがついつい鋭くなってしまっていたのか、鵬塚は少しばかり気後れした様子で、常の如く聞き取りづらい声量の挨拶を口にした。一応、翻訳しておくと、今のはおはようだ。
「おう。おはようさん。んで、アホ兄貴はどこだ?」
「……いさ……か……」
「は?」
 間の抜けた声を上げてしまった。しかし、それも仕方がない。鵬塚家にそのようなものがあるなど、終ぞ知らなかった。

 鵬塚の案内で、裏庭の隅に隠してあった階段を下り、地下へと向かう。
 そう。地下だ。しかも、隠し階段だ。ここはどこのダンジョンだ。恐らく、ゲームを好きな鵬塚の趣味が反映されていることだろう。そもそも、早朝に地下で会合を開く意味は何ぞや、だ。
 階段の途中に設置されていたレバーを引くと、頭上から漏れていた生まれたばかりの太陽の光が遮られ、暗闇に包まれた。同時に、足元でLED電灯が輝きだした。
 光の道は階下へと続き、その先には、夜中のコンビニのようにひと息つかせる明々とした部屋があった。
「ホント、ダンジョンみたいだな。もしくは、レジスタンスのアジト」
「……ク……ク……る……ね……!」
 俺の呟きを受け、隣を歩く鵬塚が瞳を輝かせて鼻息を荒くした。
 ワクワクするという気持ちは分からなくはない。しかしまあ、妹の方もまた兄同様、平常運転である。
 そうこうしているうちに、階下の部屋まで辿り着いた。部屋には、早朝にこんなところへ来ることになった元凶と、八沢高校の制服に身を包んだ女子生徒、速水尚子がいた。元凶のクソ兄貴はこちらに気づくと、にこやかに手を振ってきやがった。うぜえ。
「やあ、おはよう。富安泰司くん。ご機嫌いかがかな?」
「いいわけねえだろ。つか、挨拶はいらねえよ。さっさと用件を言え」
「つれないね。愛のモーニングコールがお気に召さなかったらしい」
「マジで余計なこと言わんでくれ。いつも以上に殴りたくなる」
 鵬塚兄は肩を竦め、それ以上の無駄口を呑み込んだ。
 よし。それでいい。
「では、本題に移ろう。速水さん。この地下室にワクワクする気持ちは分かるけれど、少し落ち着いて座ってくれないかな。富安くんと真依も座りなさい」
 改めて部屋を見渡す。電子機器は見当たらないが、アンティークの二人がけソファが二脚と、同じくアンティークのテーブルが一卓。本棚には古色を帯びた英書が並び、その四隅を植物を象った細工が飾っていた。
 うむ。ますます秘密の部屋といった風情である。絶対、鵬塚の趣味に合わせてるな。ひょっとすれば、あの英書、雰囲気作りのためだけに置いていて、一度も読んでないかもしれん。
「カルシウムの足りていない富安くんに殴られたくはないので、単刀直入に言おう」
 あたかも俺が悪いかのような前置きは止めて頂きたい。
「真依の命が狙われている」
 ……は?



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