第4話『命を狙われる者』 01




 星々の輝きは、かつて幾万光年の彼方でその生命を爆ぜるに至った末の結果だとも言われる。それゆえだろうか、陽の光を受けて静々と輝く月と比べ、最期を飾るに足る荒々しいかの光には、幾ばくかの儚さとロマンチズムとを感じ入る。
 しかしながら、青林府立八沢高等学校の生徒会長である天満舘佳音と同高校の生徒会書記である諏訪隼人の両名には、そのような艶やかで湿っぽい感情は生まれなかった。
「何度も言うが、佳音。お前は三年生だという自覚があるのか?」
「何度も答えるけど、隼人。きちんと受験生としての自覚はあるわ。この間の模試も第一志望がA判定よ」
 田畑ばかりが広がる地を共に歩み、二人は帰路についていた。生徒会の仕事に精を出していたために、星や月が天上を飾る時間帯の帰宅となってしまっていた。
「お前の受験の心配はしていない。お前が卒業した後の生徒会の心配をしている」
 半歩後ろを歩く隼人の言葉を耳にし、佳音は肩をすくめた。
「あら。A判定でも落ちるときは落ちるわよ?」
「褒められたがりもここまで来ると病気だな。一度医者に行け」
 佳音は柳眉を微かに歪めた。精神疾患までをも疑われては、流石に多少なりとも腹を立てたのだろう。
「別に褒められたがっているわけじゃ……」
 生徒会長の言い訳を、書記は一顧だにしない。
「お前の出しゃばり根性のおかげで、次の会長の任期は短くなるだろうが、それでも、数ヶ月は仕事をこなす必要がある。十一月の今に至ってもお前のスタンドプレーで華麗に仕事を片づけられていたら、現副会長はいつまでも会長の仕事を覚えられない」
「あら。きちんとやり方を説明してるし、引き継ぎ資料だって万全なものにしているわ」
「もう全て任せろと言っている。この時期にお前がこんな夜中まで生徒会の仕事をしていること自体がおかしい」
「……」
「やり方を知っている。引き継ぎ資料を見れば出来る。そんなことよりも、実際に自分自身の手で仕事を完遂する実感こそが大事だろう? そういった機会をお前は後輩から奪っているのだと、少しは自覚し――」
「ああ、もぉ! うるさいなぁ! 分かったわよ! 次からはそうします!」
 観念したように佳音は立ち止まって回れ右をし、隼人を軽く睨め付けた。
「そもそも、教師や後輩によく見られたい、成果を上げてちやほやされたい、という根性がどうかと思うぞ。お前は本当に昔から……」
 お小言はまだ止まらないらしい。
「ちょ、ちょっと! もう分かったって言っているでしょう!? いい加減に――」
「佳音!」
 隼人が警鐘を上げると同時に、生徒会役員二名は数メートルの距離を跳び退った。
 彼らが佇んでいたあぜ道の一画は、某かの力によって小さく穿たれていた。
「隼人!」
「任せろ!」
 唐突な謎の襲撃に焦るでもなく、佳音と隼人は端的な言葉を掛け合い、普段通りの陣形を保つ。佳音は索敵に集中し、対象を発見次第、撃滅する。隼人は佳音が無防備にならないように警戒と防護に徹する。
 一度、二度、三度と空気の圧が佳音たちを襲った。隼人はそれぞれの威力に応じて、的確な強度の防護結界を生み出した。
(試されている? 少しずつ攻撃を強くしているようだが……)
「見つけた!」
 隼人が疑念を抱いたのと同時に、佳音が索敵に成功して反撃に転じた。素早い動きで十数メートル先の防風林まで瞬時に至った。林の奥で息を潜めていた暴漢へと向け、渾身の力を込めた拳をたたき込んだ。
 しかし、佳音の拳は目出し帽を被った相手に容易く防がれ、あまつさえ、やはり容易に腕を捻られた。そのまま、体重をかけられ、枯れ葉の敷き詰められた地面にねじ伏せられた。
(人間? けど、私の一撃を簡単に防ぐなんて、天原か鬼流か天津か、いずれにしても襲われる理由がわからない……!)
 敵にひれ伏されたままで佳音は思考を巡らせたが、現状を分析し尽くすには至らなかった。
「……N'etes pas la sorciere d'etoile.」
「え?」
 抗おうともがく佳音の耳に届いたのは、聞き慣れない言葉だった。
「佳音を放せ!」
 転がっていた木の棒に天原の民の力を込め、隼人が襲撃者の右腕を打った。
 充分な威力が込められている筈の木の棒の一撃は、襲撃者によって容易く防がれたが、佳音を戒めていた腕はすんなり解かれた。
 隼人は佳音を助け起こし、襲撃者を睨み付けた。
 襲撃者は全身を黒衣で包み、瞳だけを露出させていた。故に、年齢も風貌も詳らかには知れなかった。背丈が一メートル七十前後で、引き締まった体つきをしていることが分かる程度だ。
「あんた、何者だ?」
「……」
 誰何を無視して、襲撃者は消え去った。林の木々を跳び渡って逃げ去ったのだ。
 隼人は数分間を緊張と共に過ごした。そうして、相手の気配が確かに消えたことを確認し、ようよう、吐息した。同じく隣でひと息ついている佳音に、訝るような視線を投げかけた。
「俺は喧嘩を売られるような憶えはないが、お前の客か?」
「私だって憶えがないけど……」
「けど、何だよ。もったいぶるな」
 制服の汚れを払いながら慎重に言葉を選んでいる佳音に、隼人は静かに尋ねた。
 リボンタイを整えて身だしなみを完璧なものとし、佳音は踵を返した。防風林を抜け、あぜ道に放り出していた鞄を拾った。そうしてから、彼女はようやく隼人の言葉に応じた。
「あの人、天原でも鬼流でも、天津や国津でもない。外国の人――たぶん、フランス人だわ」
「フランス人だと? 何故、そう思った?」
「フランス語で呟いていたのよ」
 佳音の言葉に、隼人は呆れた。この幼馴染みの才女は仏語まで修めているのか、と。
 一方、佳音は隼人の様子を気にもとめず、頭を抱えた。まずは天満舘家の当主たる父に報告をせねばならないが、報告すべき内容を彼女自身がまとめられない。
「星の魔女ではない、か。どういう意味?」
 かの呟き自体に意味があるのかさえも、今の彼女には判断し得なかった。それは事実、意味がないものなのか、はたまた、佳音が知らない故に意味を解し得ないものなのか。
 生徒会の後輩は今の自分のように茫漠たる不安を抱いているのかもしれないと、佳音は隼人に注意された点を内省し、深く嘆息した。



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