第3話『地を駆け回る者』 13




 八沢高校の体育祭午後の部はつつがなく進行していた。昼休みにあのような事件があったことなど、まるで嘘だったかのようだ。実際、大多数の人にとってみれば、あの事件はなかったことになっている。生徒はもとより、先生方でも知っている者は1人もいない。
 俺と鵬塚、尚子は元から言う気もなかったが、岬をはじめとする1年連中も、天満舘生徒会長の口添えによって口外をしないと宣誓していた。
 生徒会長も諏訪先輩も3年生だ。1年に1度の行事である体育祭は今回が最後となる。その辺りの事情を前面に押し出して、涙を誘いつつ約束を取り付けていた。元より人望の厚い天満舘先輩の頼み事ともなれば、1年坊主が聞かない道理はない。
 ちなみに、犯人共は永治さんが呼び寄せておいた政府の人間が学校から連れ出して、警察につきだしたらしい。その後の処理については、どうにか上手い具合に進めていることだろう。
「あ、ほら! そろそろ真依が走るわよ!」
 最後の競技、学年合同の組対抗リレー。青組のアンカーの座には、我がクラスから鵬塚真依が選出されている。体育祭に先んじて実施された体力テストの結果から、最もタイムが速かったのが鵬塚だったらしい。
 そして、白組のアンカーは天満舘佳音生徒会長だ。会長殿は全てにつけてそつがないようだ。
 ダダダダダダダっ!
 さすがに、全学年においてタイムの速い人々で構成された対抗リレーである。昼休み前の部対抗リレーとはひと味もふた味も違う。
 青組の今の走者は陸上部の3年生で、部対抗リレーの時にはアンカーだった人だ。昨日の敵は今日の友とでもいうのか、部対抗時は鵬塚と1歩も引かない対決をしてみせていてまさに脅威だったが、味方となった今は非常に頼もしい。1位を独走してくれている。
 その後を追うのは白組で、走者は諏訪隼人先輩だ。彼は空手部だった記憶があるが、陸上部に負けず劣らない走りを見せている。ただそれでも、我らが青組には少しずつ引き離されており、現在数メートルの差が発生している。
 天満舘先輩がどれほど足が速くとも、バトンが渡った段階で鵬塚相手に数メートルの差があっては追いつくことは難しいことが予想される。
 体育祭の総合点は現状、青組が684点、白組が690点となっている。今回のリレーで青組が1位になれば青組が優勝。一方、白組が1位になれば白組が優勝。まさに最後の戦いにふさわしい状況だ。
「任せたぞ! 2年!」
 ぱしッ!
 コクコクっっ!!
 青いはちまきをしっかり締めた鵬塚真依が、バトンを受け取って弾丸のように飛び出していった。
 それから2、3秒遅れ、白組がバトンをアンカーに繋いだ。
「佳音、頼む!」
「ええ」
 にっこり。
 こんな時でもふんわりと微笑み、天満舘先輩は真っ白なはちまきをたなびかせて駆け出す。鵬塚の背は既に10メートルは先にある。
 天満舘先輩がどれだけ速かろうと、相手が鵬塚だ。10メートル差というのは致命的だろう。
 既に本日の鵬塚の活躍を目にしていた面々は、そのように考えた。当然、俺もだ。しかし――
『速い! 佳音様、速すぎますッッ!! 先行する青組の鵬塚真依選手をぐんぐんと追い上げていくぅ!!!!!』
 放送部の言うとおりだ。天満舘先輩は速すぎた。
 何も鵬塚だって、オリンピック選手ばりに速いわけではない。高校生にしては速いかな、というレベルだ。ゆえに、ここにオリンピック選手が居たならば無残に敗れるのは道理だろう。逆を言えば、オリンピック選手並のスピードを誇る相手でなければ、追いつくなど泡沫の夢なのだ。
 にもかかわらず、だ。
「す、凄い! よぉし、行け行けぇ!! 真依には悪いけど、うちが優勝よぉ!!」
 ちっ。隣に居る2年3組所属、速水尚子がうるせえ。なお、2年3組は白組である。
 このままこいつを調子に乗らせるのもむかつくな……
「鵬塚ぁ!! 負けんじゃねえ!! 気合い入れろッッッッッ!!!!!」
「真依ちゃん! 頑張ってぇ!!」
「転校生! あと少しだ! 頑張れッッ!!」
 クラスメイトも口々に応援の声をかける。友人を欲してやまない鵬塚が、そういった声援に反応を示さない方がおかしい。彼女は少し、ほんの少しだけスピードを上げた。
 しかし、気合いでまかなうには、鵬塚と天満舘先輩の差は大きすぎた。彼女たちの差は縮まっていく。ゴールまでの距離を考えると、ギリギリで鵬塚が抜かれてしまうだろう。
 ……ちぃ。2位か。まあ、よくやったよな。
 あそこまで真剣に、かつ、一生懸命に走ってんだ。それで勝てないんなら仕方ねえ。悔しいがな。
 ん。そういや、俺のお隣さんがさっきから静かだな。ったく、生徒会長様のご威光を受けた白組さんは余裕ですこと――
「真依いいいいいいいぃいいいいぃいいいぃいいッッ!!」
 うおっ。うるせっ。
 尚子の奴、突然なんだっつーんだ。
「お願いッッ!! やっぱり勝ってええええええええぇええぇえ!!」
 ……おいおい、白組。
 尚子は涙目でなおも叫び続ける。それに引きずられて、鵬塚を応援する声はいっそう強くなった。
 心持ち、鵬塚の表情が更に引き締まった気がする。スピードも微妙に、本当に微妙に上がったようだ。その微かなスピードアップはしかし、0パーセントだった可能性を10パーセント程度にまで引き上げるに至った。
『追う佳音様! 逃げる青組! 他の組は彼女たちから大きく離れて続く!! これはもう、白と青の一騎打ちだあああぁあ!!』
『うおおおおおおおおおおおぉおおおおおおおぉおおお!!!!!』
 歓声の中で青と白の軌跡がゴールテープを目指す。風が吹き抜けて、歓声の全てを連れて行く。
 ぱあんッッ!!



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