第3話『地を駆け回る者』 05




 ぱあんッッ!!
 鵬塚が駆け出す。相も変わらず凄まじいスピードを誇っているが、今回に限っては意味がない。直ぐに失速するのだからして。
『青組。素早く借りる物が書かれた紙を取りました。そして、即座にレーン脇の集団へと向かいます』
 あの馬鹿。紙に書かれている内容を見るフリくらいはしろよ。
 っと。目的の先輩の前まで移動したか。念のため、俺も近くに寄るとしよう。
 ばっ。すたすたすたすた。
 青色のはちまきを外してから、白色のはちまきをしめた集団に突っ込んでいく。例の先輩の周りには人が多く、なかなか近寄れない。
 まあ、鵬塚がすんなり目的を達成できるわけもないゆえ、ゆっくり向かっても問題なかろう。
「すんませーん。ちょっと通して下さーい」
 人垣をかき分けて歩みを進める。
 おっ。ようやく目的の人たちが見えてきた。3年4組の生徒会コンビ。生徒会長、天満舘佳音先輩と、書記の諏訪隼人先輩だ。彼らは恋人同士だとも、ただの腐れ縁だとも噂されるが、今はどうでもいいな。
「……の……し……うつ……い……いま……」
 鵬塚の小さな声も聞こえてきた。
 いや、この状況で自己紹介はいらんと思うぞ、鵬塚。
「あら。わたしに何か借りたいの?」
「この子、声が小さいことで有名な2年の転校生じゃないか。佳音、知り合いだったのか?」
「いいえ。初対面よ。お名前はたしか……」
 あんな会話が始まるということは、やっぱ先の言葉は自己紹介と認識されてないな。ただでさえ歓声なんかで周りがうるせえんだから、ちっとは声を張り上げろよな、まったく。
「……ほう……つか……い……す……!」
 少しは聞き取りやすい声だったが、いや、お前な。自己紹介より先に用件言えよ。
「そうそう。鵬塚真依ちゃんだったわね。初めまして。天満舘佳音です」
 にっこりと微笑む様は、優しいお姉さん、という風体だ。あの笑顔を因として、彼女は男子生徒からの人気が高い。それでいて、人当たりの良さと物腰から女子の人気を、礼儀正しさと成績優秀っぷりから先生たちの人気を一手に受けている。
 本当に超人のような先輩だ。だからこそ、惜しまれてこんな時期まで現職の会長を務めているのだろう。
「それで? 何を借りたいのかしら?」
 小首を傾げて尋ねる様子は、あたかも保育園の先生である。
 その上、鵬塚がまごまごして小さい声でぼそぼそ何か言っている。マジで幼児と先生のようだな。
「……と……ちょ……」
「え? なあに?」
「……いと……う……」
「ごめんね。もう一度言って欲しいな」
 やはり聞き取って貰えんか。
 いや、耳で聞き取らずとも、瞳で紙片に書かれた文字列を追えばいいじゃないか。そうしないのは……
 ぱあんッッ!!
『1位は白組です! スタートダッシュのよかった青組は、まだ佳音様の前でまごついているよう。わかります! 佳音様の御前で緊張しないはずがありませんっ!』
 放送部、何言ってんだ……?
 まあ、それはともかく、鵬塚がもたついている間に、白組の女子がとっととゴールしたようだ。俺らとしては1位になることなぞ捨てているからいいのだが、天満舘会長は――
「……せい……かい……う……!」
「ああ。『生徒会長』ね。わたしを借りたいのね?」
 コクコク!
 ぱあっと表情を輝かせて、鵬塚は一所懸命に頷いている。
「うふふ。真依ちゃんって可愛いわね。よければ手を繋いで仲良くゴールしましょう?」
 コクコク!!
 仲良く、という部分に反応したのだろう。鵬塚がこの上なく嬉しそうに頷いている。
 一応、成功と思っていいのかね。これで天満舘会長と面識はできたし、あの先輩は、ちょっとでも面識がある生徒には愛想良く相対してくれる。見かければ間違いなく挨拶くらいしてくれるだろう。
 その程度でも、鵬塚的には『仲のいい先輩』という位置づけになるはずだ。
「じゃあ、隼人。行ってくるわね」
「ああ。まあ、いいタイミングだな」
 とことことことこ。
 借り物『競争』のはずだが、彼女たちはお喋りしながら、手を繋いでゆったりとゴールを目指す。その間に、各組の生徒たちはゴールラインを越えていく。鵬塚は見事にビリになった。
 ……あの人、あれで腹黒いって噂もあるんだよなぁ。
 天野舘生徒会長の艶やかな黒髪を際立たせる白色のはちまきを見つめながら、俺はそんなことを思った。



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