第3話『地を駆け回る者』 02




 体育委員会が作成したという入場門に集い、我ら八沢高校生徒諸君は無駄話に花を咲かせている。高校生にもなって父兄が体育祭を見に来るわけもなし。入場行進なぞ、教師に真面目っぷりをアピールする以外に意義のない無駄な行為だ。俺をはじめ、多くはいい子ちゃんをする気もないようで、当然ながらこれからの行進は見るも無惨に揃わないことだろう。
 ざっざっざっ。
 そのような中、懸命に足踏みをして行進の練習をしている少女がいる。表情はこの上なく真剣であり、これから戦場にでも繰り出すのか、という風体だ。
 少女の名は鵬塚真依という。
「いいぞー! 真依! かっこいいぞー!!」
 グラウンド周りの芝生にいる男が叫んだ。手にしているビデオカメラは1670万画素を誇る、22倍光学ズーム付きフルハイビジョン対応で、手ブレ補正機能も搭載されている最新型だ。この日のために新調したと聞いている。
 さて、我ら生徒一同から奇異の目を向けられている男性の名を明かそう。彼の名は鵬塚永治。通称、鵬塚兄。社会不適合者で俺の親友殿、鵬塚真依の兄君だ。ついでに言うと、裏の内閣総理大臣らしい。『裏の』という形容詞については気にするな。何か色々あるらしい。
 しっかし、まあ、行進が始まる前からあのテンションで、アラサー男子は最後まで体力が保つのかね。あとカメラのバッテリーも。
 ブンブンブンっ!
 カメラに向かって元気よく手を振っている鵬塚。あのアクションだけを見ると、多少ガキっぽいながらも普通の女子に見えなくもない。ほんっと、喋らなければな。
「よーし、お前ら。そろそろ入場だ。俺が怒られない程度にだらけろよ。最低限、私語は禁止な」
 おっと。キムティーこと木村熊夫が似合いもしない青いはちまきを締めてやって来た。我らが担任殿は生徒同様にやる気がないな。
「熊ちゃん、やる気なさすぎー」
 まったくだ。俺としては好都合だが。
「真依ちゃんを見習うべきだと思いまーす」
 それはどうだろう。
 女子共が入れた茶々に、キムティーは苦笑して頭をかく。
「お前ら、人のこと言えんだろうが…… 鵬塚以外」
「……り……す……っ」
 ふんっと拳を握りしめて、鵬塚が鼻息荒く決意を固めた。頑張ります、とのことだ。
 勝手に頑張りやがれー。
「……み……すく……も……」
 っておい!
「俺は頑張らん! 一緒に頑張りたいんなら尚子でも巻き込め!」
「あたしと真依じゃ列が離れすぎてるのよっ! クラス違うし!」
 ちぃ。うっかり名前だしちまったせいで、尚子がいきり立ちやがった。鋭い眼光でこちらを睨み付けて、叫んでいる。
「知るかボケ! てめえみたいな地味な女、こっそりうちに紛れ込んでてもばれねえよ! 俺の代わりにこいつの世話してろ!」
「んですってえ!!」
 とっとこっとっとっ。
 全校生徒がしゃがんでいる入場門前において、足の踏み場などあまりない。にもかかわらず、鵬塚は少ない足場を器用に利用して、尚子のもとまで素早く駆け寄った。さながら、蓮の葉を頼りに水上をかける忍者のようである。普段どんくさいくせに、こういう時だけ機敏だよな、無駄に。
「……んか……め……よ……」
 懇願するように言った社会不適合者を瞳に入れて、尚子は呻いて白旗を上げる。あいつも鵬塚兄も、鵬塚に甘すぎるぞ、まったく。
「てか、富安」
「ん?」
 声をかけてきたのは、クラスでも目立つ方の女子だ。鵬塚にもそれなりに気を遣ってくれている気配り系女子である。明るく、人当たりがよいため、適度にモテる。
「何で真依ちゃんファミリー、テンション高いの?」
 俺は断じて『真依ちゃんファミリー』ではない、と反論したいところだが、そこに労力を割くのは、それはそれで面倒くさい。適当に流してとっとと説明してしまおう。
「あいつは色々事情があって、今日が初めての体育祭らしい」
 端的に応えると、気配り系女子は言葉を失った様子だ。まあ普通、体育祭が初めて、なんて奴はそうそういやしない。俺がこいつの立場だったら笑い飛ばすね。
 しかし、人の好い我がクラスメイトは違った。なぜか涙を浮かべて、クラス全員に声をかけている。
「みんな! 行進がんばろっ? 真依ちゃんちのカメラに写るんだよっ? 今日という青春の1頁が、真依ちゃんちのカメラに永久保存版なんだよっ!」
 不可思議な言葉を涙声で叫びつつ、彼女は手近な友人に何かを耳打ちしている。その内容がクラス全員に伝播していき、なぜか我が2年7組の面々は、程度の差こそあれ、瞳に清らかな光を携えた。
「いよっしゃあ! やるぜえっ!!」
「あたしたちの生き様見せてやるわっ!!」
 ……なんだ?
「お前ら、行くぞぉ!!」
 うおっ。キムティーまで。
『おおおおおおぉおおおぉおお!!』
 ……………めっちゃ、他のクラスや学年から見られてるんだが。どうしたよ、こいつら。



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