第3話『地を駆け回る者』 01




 天高く馬肥ゆる秋。健やかな晴天に恵まれ、我らが八沢高校では本日、体育祭が開催される。
 そのような面倒くさ……善き日の朝のニュースをお伝えしよう。
 ぽち。
「昨日に八沢市内で発生した銀行強盗事件ですが、犯行グループの足取りはいまだ掴めず、捜査は難航しているとのことです。続けて次のニュースです。弘後町のカルガモの親子は、今日も手を上げて元気に横断歩道を渡っているようです。現場につないでみましょう。弘後町の苫米地さーん」
 ふむ。銀行強盗とカルガモの親子も、今日という日を祝福しているようだ。
 素晴ら……めんどくせぇ。
 まったく。なぜに高校生にもなって皆でかけっこなぞせにゃあならんのじゃ。授業がつぶれるのは喜ばしいが、それはつまり、こっそりグラビア雑誌を読むことすら能わないということだ。殺人的な日差しの中、暑さに悶えながらかけっこをするなどと、どこのドM用の行事だ。
 と、俺こと富安泰司にとって、今日という日は呪詛をはきすぎてもはき足りない程に嫌な秋の日なのである。まったくもって冗談ではない。
 更に鬱陶しいことに、毎度のことながら俺は、鵬塚兄こと鵬塚英治さんからある指令を賜っている。もはや口にするまでもないだろうが、あえて口にする。
 社会不適合者鵬塚真依を体育祭で活躍させて目立たせろ、という指令だ。
 その目的は当然、彼女に友人を作るためというただ1点に尽きる。
 鵬塚は転校から2ヶ月が過ぎたというのに、相も変わらず友人がいない。いや、正確を期すならば、俺とある1名をのぞいて友人がいない、と言い直すべきだろう。
 そのある1名については登校時に紹介が必要になるだろうからよいとして、問題は鵬塚だ。あいつは友人を作る気があるのかと切実に問いたい。
 いや、分かっている。作る気はありすぎて困るほどにあるだろう。あいつがそれを望まない道理などないのだ。
 しかし、であればもっと根性を見せてみろと文句の1つを口にしていいのではないかと最近思う。クラスメートとの談合の場を設定してやっても、コクコクフルフルまごまご、喋らない。比較的優しい性質の奴らを集めたとはいえ、集いの後半は大多数がうんざりしていたようだ。
 どうにかしてくれよ、ホント。
「今日の1位は牡羊座のあなた。ラッキーカラーは青。いつもと違う鞄で出かけるといいことあるかも」
 ……今度から違うチャンネルの占い見るようにしよう。間違いなく外れてるわ、これ。俺、牡羊座だし。
ぴんぽーん。
呼び鈴が鳴った。母親が、はいはい、と呟きながら玄関へ向かっている。
 さて、出かける準備をするか。


 とことこ。
 目の前を歩く女子2名をぼんやりと眺めつつ、俺は歩く。
 そのうち1名は鵬塚真依。社会不適合者たる俺の親友殿である。
 もう1名は速水尚子。ただのウザイ女である。紹介はそのひと言で充分だ。
「晴れてよかったねー。真依」
 コクコク。
 尚子の呼びかけに、鵬塚が満面の笑みを浮かべて頷いている。人生で初めての体育祭ということもあり、非常に上機嫌である。
「いいことあるかよ。俺は雨をご所望だ。あーあ、めんどくせぇ」
 呆れる程の良い天気に嫌気がさし、呟く。
 すると、尚子のアホがキッと睨みをきかせてきた。
「どうしてそういうこと言うのよ! せっかく良い気分でいる時に! 真依がショック受けてるじゃない!」
 そう叫び、アホが隣を示す。そこにはぷるぷると涙目で震える小動物がいた。
 そこまで楽しみかよ……
「別に俺が雨降れっつったところで実際に降るわけもなし。気にするなよ」
「……も……み……く……も……で……し……」
 わがままな奴だ。
 さて、今ので分かっただろう。鵬塚真依の社会不適合っぷりが。決して聞き取ること能わぬその言葉。これがこいつの通常声量だ。
 ちなみに今の言葉は、でも富安くんも楽しんで欲しい、だ。別にお前らだけで楽しんでろよ。
 まあ、そう言ったところでこいつが納得するわけもない。
「善処する。それより早く行こうぜ。楽しい楽しい体育祭に遅れたらことだろ」
 適当にお茶を濁して彼女たちを追い越す。すると、鵬塚がコクコクと頷きながら続いた。尚子も相変わらず睨みをきかせながら足を速めた。
 どぶ川と言って良いような水の流れを見下ろし、俺は気づかれないようにため息をつく。何度も言うぞ。めんどくせぇ。本当にめんどくせぇ。
 おっと、亀が泳いでる。まったく、お前は気楽でいいな。



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