第2話『友を欲する者』 08




 がらっ。
「ただいまー。まったくもー。泰司のやつどこに……」
 まさに帰ろうとしたその刹那、俺の耳には文芸部部室の扉が開く音と、今一番耳にしたくない者の声が聞こえてきた。急いで扉へと瞳を向けると、そこには今一番目にしたくない人物の姿があった。黒髪を短かめに揃えてている女子生徒。文芸部部長、速水尚子その人。
 だっ!
 俺は駆け出す。
「泰司!」
 だっ!
 尚子も駆け出す。
「追いかけるな! 俺は帰るんだ!」
「何でよ! ここにいるってことはついにあたしとファンタジーを熱く語る気になったんでしょ!」
「んなわけあるか! ここに来たのはつきそいだ!」
「そう言わずに!」
「そう言わせろ!」
 教室の中を走り回りながら言い合う。
 とっとと教室から飛び出したいところだが、尚子が上手く扉を背に動き回るものだからそれもできない。こいつは相変わらず、インドア派のくせにフットワークがいい。
 ……仕方ない!
 だっ!
「ま、待ちなさい! 泰司!」
「断る!」
 こういう時は窓からダイブするしかあるまい!
 がらっ!
 手近な窓を勢いよく開け、アイキャンフラーイ!
 勢いよく中空に飛び出す。地面までは結構距離があるが、しかしご安心召されよ。二階からダイブするくらいなら俺には日常茶飯事。一学期はこの方法で十回ほど尚子から逃げていた。
 すたっ。
 両足でしっかり地面に落りたつ。膝も着地と同時に上手く曲げ、衝撃を吸収した。完璧な着地だ。
 ふっ。どうだ。これでいつもどおり追ってこれまい。
「って! 何やってんだ!」
 得意げに二階を仰ぐと、文芸部部長殿が窓枠に手をかけてぶら下がっていた。
「あんたが逃げるからでしょ! 大丈夫よ、二階ぐらいならあたしだって! 待ってなさい!」
 そう叫びながら、尚子は窓枠にぶら下がったままだ。手を離そうかどうしようかふんぎりがつかないでいるのだろう。
 というか、この場合一番の問題は二階から飛び降りることではない。それくらいなら俺だって問題ないと思う。実際自分がやったことだしな。それよりも――
「お前、自分がスカートだってことわかってるか」
 ……白か。個人的には黒や赤が好きだが。
 ばっ!
 尚子がスカートを押さえた。白は隠れ、スカートの紺色が目に入る。
 いや、それよりも問題なのは――
「きゃあ!」
 尚子が『両手』でスカートを押さえたことで、重力というこの星の持つ偉大な力が猛威を振るった。自由落下が始まる。
 このままで行くと、尚子は地面に激しく身体を打ち付けることになる。彼女自身が口にした通り、二階分くらいの落下ならさほど問題はないだろうが、打ち所が悪ければ、ということもある。俺は思わず落下地点に向けて滑り込みダイブしていた。臨機応変に対応できるように、仰向け状態で。
 ……地面に直接ぶつかるよりは、人がクッションになった方が何ぼかマシだろう。
 尚子の身体が近づいてくる。彼女が作り出す影が俺を覆い、視界もほぼ彼女で埋まった。いよいよという頃、覚悟を決めて緊張し――ていたのだが……?
 ちょっと待て。尚子のやつ、浮かんでねぇか?
 ひゅっ!
「ぐえ」
 妙なことを考えた直後、俺の腹に尚子の肘が入った。とはいえ、二階からの落下と共に繰り出された肘にしては威力が弱い。かなり痛いとはいえ、耐えられない程ではない。
 ということは、だ。
「泰司っ!」
「?」
 何か知らんが、俺の上に乗って体重かけてやがる女に怒鳴られたぞ。いったい何だ? スカートの中を見たのがまずかったか?
 がっ!
 襟首つかまれた。一応俺は下敷きになってお前を助けたナイスガイだぞ。
「今あたし、飛ばなかった!?」
 ああ。それか。パンツのことは忘れてるようで何よりだ。
 ……って、これはこれで問題か。鵬塚のことがばれたらまずいしな。
「んなわけあるか」
「でもでも、なんかふわってしたよ! ふわって!」
 こいつは本当に高校二年生なのだろうか。どっかの小学生が紛れ込んでるんじゃなかろうか。
「気のせいだろ」
「でも…… あんたは下から見てて気づかなかった?」
「お前の重い身体がのしかかってくるかと思うと憂鬱で、上なんて気にしてられなかったよ」
 がしっ!
 殴られた。
「岬! 君は?」
「いや、窓から下を見た時は既に、部長が富安先輩を組み敷いてましたけど…… 鵬塚先輩は見ました?」
 フルフル。
 岬、鵬塚ともに否定する。
 よし。ナイスだぞ、鵬塚。よく嘘をついた。
 あとは――
「落ちた緊張で時間を長く感じたんだろ。んで、宙に浮いたように錯覚したとか、そんなとこじゃないのか?」
「……そうかなぁ。あーあ、残念。ついにあたしも魔法使いになれたかと思ったのに」
 ……再び問おう。本当にこいつは高校二年生か?



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