第2話『友を欲する者』 07




 岬の説明だと、文芸部の活動内容は大きく分けて二つだった。
 活動内容一つ目は、本を読む。図書館から借りてもいいし、自宅から持ってきてもいいので、放課後とにかく本を読む。ジャンルは個人の裁量に任されるそうだが、漫画は駄目らしい。漫画研究会との差異をつけるためだそうだ。
 活動内容二つ目は、文を書く。小説でもエッセイでも詩でも、何でもいいから文を書くそうだ。ただし、こちらはそれほどガッツリ書く必要はなく、コンクールがある際に申しわけ程度に書けばいいそうだ。恥をかなぐり捨てれば、何とかいけるだろう。
「てか、さんざん勧誘されてるってーのに、ここの活動内容はじめて聞いたな」
「富安先輩、部長の顔見ると直ぐ逃げるから」
「だってよー。あいつしつけーんだもんよ。こちとら、ファンタジー小説とは小学校で決別したっつーの」
 くいっ。
 俺の服の裾が本日二度目の主張をした。要するに、鵬塚が首をかしげながら裾を引っ張ったのだ。
「ああ。言ってなかったっけな。実は俺、文芸部の部長の速見尚子とは幼稚園からの知り合いでな。その頃、二人で海外のファンタジー小説にはまってたんだ」
 公園で魔法の特訓をしていたことは黙っておこう。完全に黒歴史だ。
「んで、尚子は相変わらず国内外問わずファンタジーフリークなんだが、この閑散としている部室を見れば分かるとおり文芸部は部員数が少なく、加えて、唯一の部員であるこの岬はファンタジーは一切読まずミステリー好き。そうなってくると、あいつとしてはかつてのファンタジー愛好仲間である俺を引き込んで色々と議論したいらしい」
 コクコク。
 こちらの話に真剣な瞳を向け、頷いてみせる鵬塚。相槌だけは上手い奴だ。
「とはいえ、俺は小学校に入る頃に読書から足を洗い、今じゃ週刊漫画しか読まない始末。ファンタジー漫画談義ならともかく、ファンタジー小説談義なんて無理。そんなわけで入部拒否しつつ、尚子のしつこい勧誘からの逃亡生活を送っているというわけだ」
 そのように話を締め、俺は立ち上がる。
 今の話を聞けば誰もが理解してくれるだろう。いつまでもここにいるのは非常に危険なのだ。
「では俺は帰る。岬、鵬塚を頼むぞ。尚子に紹介してやって……くれ……」
 くいっ。
 ……俺の服の裾は、本日三度目の活躍の時を迎えた。そして――
 フルフル。
「なあ、今の話を聞いてただろう? 俺は文芸部に入る気はない。けど、ここの部長さんは俺を是が非でも入れようとしてる。そして、ここにいる俺。飛んで火にいる夏の虫、という言葉がこれほど似合う状況もないとは思わないか?」
 コクコク。
 同意していただけて何よりだ。
「なら離してくれ。俺は帰るんだ」
 フルフル。
 ……できればこちらに同意して欲しかったがな。
 てか、こいつの表情が意味分からん。えらく輝いた瞳で、満面の笑みと共にこちらを見ているのだが、何を考えていやがる。
「……しょの……かつ……の……そ……」
 ……………なるほど。こいつの思考回路なら、言い出しそうだと予想しておいてしかるべきだった。
 だが!
「断る」
「え? 何がスか?」
 岬が訝しげに尋ねた。
「こいつが一緒に入ろうとかぬかしやがるもんでな」
 正確を期すならば、一緒の部活って楽しそう、と口にしたのだが、裏を返せば先に口にした通りの意味合いだろう。しかし、そんなこたぁまっぴら御免だ。
 さあ、帰ろう。
「いいんスか?」
 すたすたと帰ろうとした俺に、岬が声をかけた。
「何がだ?」
「親友さんがえらくショックを受けた様子ですけど」
 岬の言葉を受け、鵬塚に視線を向けてみる。
 鵬塚は、大きな瞳に涙をため、プルプルと震えていた。泣き出すことはなさそうだが、なるほど、ショックを受けていることは間違いなさそうだ。しかし、知ったことでは――いや、まずい!
 鵬塚真依の取り扱いに際して気をつけなければいけないことがあるのを忘れていた。
 簡単に言うとそれは、あまりショックを与えないで下さい、というもの。鵬塚兄の言葉を信じるなら、ショックを与えすぎると、地球上のどこかで深刻な自然災害が起こる可能性があるという。
 ……今、俺の言葉を疑った奴、よく聞け。鵬塚真依は普通の奴じゃないんだ。それは今までの声の小ささからも分かるかもしれんが、そういうことじゃない。この社会不適合者、もっと凄い秘密がある。詳しい説明は避けるが、実はこいつは魔法らしき力――星術と呼ばれる力が使えるんだ。そして、その星術を使う代償として、地球のどっかで自然災害が起こっちまうというはた迷惑な存在なんだ。その存在は星に選ばれた者、星選者と呼ばれる。そして、ショックを与えすぎると、というのもそれに関連した話だ。
 そんなわけだから、この状況は少しまずいかもしれん。どのくらいのショックでやばい事態になるのか知らんが、このまま帰るのは間違いなくまずい。
 しかし、だ。入部をするのは勘弁して欲しい。まじで面倒だ。俺は家でだらだらできる帰宅部というものを愛している。
 ……仕方がない。ここは曖昧作戦で逃げるとしよう。
 俺は真剣な瞳を携え、顎に手を当て、じっくりと考えるふりをする。勿論、実際はこれっぽっちも考えていない。俺はしばらくその格好のまま、ロダンの『考える人』のように在り続けた。そうしてから、おもむろに鵬塚の方を向き、口を開く。
「考えとくから結論は保留にさせてくれ」
 ぱあ!
 コクコク。
 顔を輝かせて首肯する鵬塚。
 ふぅ。単純な奴で助かったぜ。
 さて、これで今日のところは帰れるな。明日までにもっといい言い訳も考えとくとしよう。
「じゃ。俺はこれで――」



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