第2話『友を欲する者』 10




「いやぁ。今日はいい日だったわ。泰司は入部するし、真依もファンタジー好きみたいだし」
 帰り道、尚子が伸びをしながらそんなことを言った。
 お前にとってのいい日は、俺にとっての最悪の日だったよ。くそっ。
 ちなみに、岬はもう別れたあとだ。あいつの家は俺達とは正反対の方向にあるからな。学校の正門で早々に別れることになった。
「……く……く……から……き……」
 わくわくするから好き、と鵬塚が言った。先ほどの尚子の発言に対するコメントだろう。
「そうだよねー。すっごいわくわくするよね。魔法とか竜とか、本当にあればいいのにって日に五回は妄想するくらい」
 高校生が五回もそんな妄想をするな。てか、少なくとも魔法らしき力を使う奴は、お前の目の前にいるけどな。
「……こちゃ……ムも……き……?」
 尚子ちゃん、ゲームも好き?と尋ねているようだ。尚子は一発で聞き取れなかったようで、聞き返している。そして、二回目で概ね理解したらしい。
「ロールプレイングゲームは好きだよ。中でもファンタジー色が強いやつね。今はPSPのソフトやってる」
「……たし……ル……レイ……グ……き……。……テン……DS……フト……ぱい……てる……」
「へー。DS持ってるんだ。あたしはお小遣い足りなくて、PSPしか新しいゲーム機は持ってないんだ。今度貸してよ」
 コクコク!
 ……意外といい友達になれそうで何よりだ。これで俺の負担も減るだろう。
 と、ちょいと待てよ。DSは今度俺も借りようと思ってたんだ。来月の頭にやりたいゲームが出るんでな。尚子に遅れをとる前に予約せねば。
「なぁ鵬塚。来月に入ったらDSを借りたいんだが……」
 コクコク。
 素直に頷く鵬塚。
 しかし、尚子が眉を顰めてこちらを見る。
「来月って…… もしかして、コラクエ]?」
「ああ。読書からは離れたが、俺もファンタジーRPGは人並みに好きでな」
「……ラク……しも……き……」
 鵬塚もコラクエが好きなんだそうだ。うん、どうでもいいな。
「勿論あたしも好きよ。てか、あたしもやりたいし! というわけで、真依! 来月はあたしに貸して!」
「ちょっと待て! 俺が先に予約しただろ!」
「あーあー! 聞こえなーい!」
「子供か!」
 マゴマゴ。
 俺らが言い合いを始めると、鵬塚はその脇で挙動不審っぷりを発揮しだした。まあこいつは、喧嘩に割って入れるような性格ではないな。
「あ!」
 と、そこで珍しく鵬塚の声がはっきり聞こえた。それでも普通の人間が会話をする際のものと同程度の音量だが、珍しいことには変わりない。彼女がこんな音量で話すということは、叫んでいるのと同じことなはずだ。
「どうし――」
 げ!
 視線を巡らすと、ものすっげぇ光景がそこにはあった。
 大型トラックが猛スピードでこちらへ向けて真っ直ぐ突っ込んできていたのだ。運ちゃんは何をやっていやがる、とか思ったら、運転席で気持ちよさそうに寝ていた。ふざけんな!
 もう少し早く気づいていたらば、全員で回避行動をとる暇もあっただろうが、もう無理だ。凶器と化した鉄の塊は速度に乗って、こちらを強襲した。
 ……明日の朝刊に載れるかも知れん。その場合、この世のものじゃなくなってる可能性大だが。
 がっ!!
 思わず目を閉じて固まっていると、何やらでかい音がした。トラックが何かにぶつかったのだろうが、何にぶつかったというのだろう。少なくとも俺は少しも痛くない。もしかしたら即死したから痛くないのかもしれないが、それにしては脳みそがまだ動いている。
 ゆっくりと瞳を押し開けてみる。
「……じょう……ぶ……?」
 ああ、なるほど。
「サンキュー。鵬塚」
 コクコク。
 鵬塚が例の術で防いでくれたらしい。そういえば、鵬塚兄は、その気になれば大砲でも防げる、とかと言っていたな。前に銃撃をはじいていた時に。ならトラックの突進くらい――って、まずいだろ、これ!
 急いで視線を俺の隣に向けると、そこにはぽかんと呆けた顔で鵬塚を見ている女がいた。ファンタジーフリーク速水尚子である。
「お、おい…… しょう――」
 がしっ!
 尚子の拳が俺の頬を強襲した。
「って、痛ぇなコラ! 何をする!?」
 叫ぶと、彼女は瞳をきらめかせ始めた。
 ……何だ、そのよく判らん反応は。
「痛いのね! つまり夢じゃないのね!」
 なるほど、そういうことか。……そういう確認は自分の頬でやってくれよ。
 コクコク。
 って、こら鵬塚。お前はコクコクしてる場合じゃないぞ。
「そうなのね! じゃあ、やっぱり魔法はこの世に存在したのね! 素晴らしきかな人生! 素晴らしきかな人生!! きゃあー!!」
 高らかに叫ぶと、尚子はその場でくるくる回り始めた。毎度のことながら、とても高校生の反応とは思えん。
 ……この女は放っといていい気がしてきた。まずいようなら鵬塚兄が何かするだろ。俺は知らね。
 それよりも他に人は――いないみたいだな。
 視線を巡らしてみても、幸いかな誰の姿もありはしない。大通りではなく、少し外れの道を歩いていたのが功を奏したようだ。ビバ田舎。
 トラックの運ちゃんも、鵬塚が不可視の壁でトラックを止めた瞬間は見なかったようで、何があったのだろう、と訝しげにしているのみだ。俺に何かあったか尋ねてきたけれど、適当に返事をしたらとっとと仕事に戻った。長距離運転は大変だろうが、もう居眠りなぞしないように気をつけてもらいたいものだ。
 キキィ!
 その時、鵬塚家所有の乗用車が急ブレーキと共にやってきた。運転席の扉が開いて、人当たりのいい笑みを貼り付けた男が降りてくる。
「鵬塚永治といいます。はじめまして、速水尚子さん。少しお話があります。よろしいですか?」
 内閣総理大臣殿ことシスコン兄貴の到着だ。



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