第1話『星に選ばれし者』 08




 午後も面倒な授業が続く。教科書とグラビア誌を重ねて持って目を通しつつ、たまに居眠りしつつ、耐える。そうして六時間目まで終わり、掃除が終わり、ホームルームが終わり、そしていよいよ、放課後を迎えた。太郎や他の親しい知り合いは全て部活に所属しているし、八沢高校はそれなりに部活に熱心だから、始業式のあった日とはいっても休みにはならないだろう。帰りはいつもどおり一人だ。
 教科書は持ち帰る必要がないし、鞄だけを手に取ってとっとと帰ろう。教室を出て、玄関に向かい、外履きに履き替え、外に飛び出す。
 ……暑。
 最近、夕方は涼しくなってきているが、まだ十六時という時間帯では話が別らしい。この時期はまだ、十六時は陽が照っていて夕方とは呼びがたい。クソ暑いぜ、この野郎……
 まあ、クーラーもない学校でだらだらしているよりは、暑かろうとも頑張って帰って、クーラーの効いた部屋でごろごろする方が賢い選択だろう。気合を入れて帰るとするか。
 正門から出て左に折れる。そのまま真っ直ぐ歩き、信号を三つ越えたところで右に折れる。途中コンビニに立ち寄って涼みつつ漫画雑誌を立ち読みした。その際に気付く。
「何やってんだ、あいつ」
 鵬塚の奴が電信柱の陰に隠れてこちらを窺っていた。俺と視線が合うと慌てた様子で顔を引っ込めていたが、まさかあれで気付かれずに済んだと思っているわけじゃないだろうな。試しに、雑誌に瞳を落としたふりをして、上目遣いでこっそり向こうの様子を窺う。
 うわ…… 懲りずにこっちを見てやがる。馬鹿だな、あいつ。
 というか、俺を付け回して何やってんだ? 一目ぼれ? ……まさかな。
 まあ、何にしても本人に聞けば早いのか。
 俺はお茶と炭酸飲料のペットボトルを手に取りレジへ向う。支払いを済ませると、覚悟を決めて炎天下に飛び出した。
 ……やっぱ暑い。
 少しでもその暑さを緩和するために、急いで日陰に入る。そして、日陰になっている箇所を選びつつ移動し、鵬塚が隠れている電信柱の方向へ進んでいく。
 鵬塚は俺がそちらへ向っていることに気付いたのだろう。辺りをキョロキョロと見回し、他に隠れられそうな場所がないか探している。しかし、残念ながら都合のいい隠れ場所は見当たらないようだ。
 彼女が新たな寄生先を見つける前に、俺は彼女の元へ至る。
「よう。奇遇だな」
 コクコク。
 鵬塚は例に漏れず伏し目がちに頷く。
「ほれ。これ飲め。この炎天下の中、飲み物も飲まずつっ立ってたら倒れちまうぞ」
 先ほど買ったペットのお茶を差し出すと、鵬塚はマゴマゴしていた。しかし、しばらくするとペコリと頭を下げてから蓋を開けた。そして、コクコクと少しだけ飲み、蓋を閉める。
 俺も炭酸飲料の蓋を開けてゴクゴクと勢いよく飲む。暑い時に炭酸を一気飲みすると美味すぎて困る。なぜこうも美味いのか解き明かすことを人生の課題にしたいくらいだ。
「で。何やってんだ?」
 ペットボトルの蓋をしっかり閉めてから、鵬塚に瞳を向け、訊いた。その結果――
 マゴマゴ。
 既に見慣れた反応。
「何か用か?」
 コクコク。
「どんな用だ?」
 マゴマゴ。
 ふむ。一応、用はあるみたいだが…… こいつの会話能力を鑑みるに、その用を聞き出すのは至難の業だぞ。
 さて……
「帰りの交通費を貸して欲しいのか?」
 フルフル。
「道に迷ったのか?」
 フルフル。
「俺に一目ぼれして追って来たのか?」
 そこで首を傾げる鵬塚。
 ……いっそフルフルとされた方が清清しい気持ちになれただろうに、何だその、この人何言ってるの、といったような反応は。まあ、違うらしいことは分かった。
 さて、他にはどんな用事があり得るか…… 転校初日に隣の席のクラスメートに対してどんな用事が発生し得るだろうか。ふむ……



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