第1話『星に選ばれし者』 07




 鵬塚とのやり取りに時間を取られたおかげで、残っているパンや飲み物はそれほど多くなかった。俺にはコロッケパンと野菜ジュースを、鵬塚にはアンパンと牛乳という黄金タックを買う。この黄金タックを嫌いな人間などそういないだろう。牛乳が嫌いな奴にとっては致命的だが……
 教室に帰ると、鵬塚は相変わらず何をするでもなく机に座っていた。クラスの奴らの彼女への興味はすっかり影を潜めたらしい。
「ほれ」
 アンパンと牛乳を机の上に置いてやると、鵬塚は慌てて立ち上がって深い礼をした。
 ……ジェスチャーだけとはいえ、結構律儀な奴だな。
「牛乳苦手だったりしないか?」
 フルフル。
「そうか」
 その後は特に会話するでもなく――元々『会話』はしてないか――、それぞれパンをもそもそと食った。パン一つだけだから、俺は一分と経たずに食いきってパックの野菜ジュースにストローを挿す。最近の野菜ジュースは甘くて美味い。昔飲んだ時は妙に塩気があって吐きそうだったのだが、いつからこんなにいい世の中になったのだろう。
 ずず。
 ジュースも直ぐに飲みきり、なんとはなしに鵬塚に目を向ける。
 むぐむぐ。
 ……まだパンが半分以上残ってやがる。牛乳と一緒に食っているようではあるが、それでもこんなに遅いとは凄まじいな。しばらく眺めていると、口の開きがえらい小さいことが窺えた。ちょびちょびと少しずつしか口に入れない。これでは遅いのも頷ける。リスとかの小動物を連想させるな、こいつ。
 昼休みが残り十分ほどになると、さすがの小動物も食い終わった。ゴミをまとめ、それからキョロキョロとする。
「ゴミ箱なら教室の後ろだ」
 教えてやると、鵬塚はペコリと頭を下げてから小走りでゴミ箱へ向っていった。
 そして、同じように小走りで戻ってくると、こちらをチラチラと窺ってくる。……今度は何が言いたいんだ?
「何だ?」
 今回は予想し得なかったため、仕方なく訊く。ハイかイイエで答えられない質問をこいつにしても無駄な気はするが、いつまでもチラチラみられていたのでは落ち着かない。
「……ね」
 お。一応、声が出やがった。とはいえ、なんて言ったのかさっぱり聞こえやしないが。
「何だって?」
「お……ね」
 ああ、もしかして……
「百八十円だ」
 答えてやると、鵬塚は驚いた様子でこちらを見た。自分の声の小ささを自覚していて、すぐさま理解した俺に驚いた、といったところか。
「お金、って言ったんだろ? パンと牛乳で百八十円だよ」
 再度答えてやると、鵬塚はコクコクと頷く。そして、
「……た……かえ……ね」
 言った。
 しかしまた、聞き取りづらいな。とはいえ、だんだんこいつの声の小ささに慣れてきたのか、何を言おうとしたのか何となく判った。恐らくだが、明日返す、と口にしたのではないだろうか。会話の流れとしても自然だしな。
 ぷるるるるるる。
 と、突然、何とも分かり易い着信音が響いた。いかにも電話という感じのその音は、俺の隣で響いている。
 鵬塚は慌てた様子で鞄を探り、携帯電話を取り出してディスプレイに目を落とす。そして立ち上がった。パタパタと足音を響かせて教室を出て行く。
 彼女が戻ってきたのは昼休み終了の鐘がなる直前だった。



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