第1話『星に選ばれし者』 04




 だるかった……
 常に違わず長々と続いた校長の話を聞き終え、そして、俺達はようやく体育館から教室へと生還した。小学校、中学校時代からそうだが、校長という生き物はどうしてああも長い話をするのだろうか。傍迷惑にもほどがある。
 まあ、よくよく耳を傾ければためになる話をしている可能性がなきにしもあらずだが、正直、このクソ暑い中で立たされたまま話を聞かされて、話の内容が頭に入るはずもない。まったくもって無駄な時間を過した。
「お疲れさん。さあ、お前ら。待ちに待った時間だぞ」
 と、キムティー。
 これが終業式のあとなら通信簿を配る前ふりなのだが、何だ?
「そろそろ到着すると連絡があったから、俺はこれから玄関に迎えに行って来る。ちょっと待ってろ」
 ああ。そういえば転校生か。校長の話のだるさのせいで、すっかり忘れてた。
 キムティーは教室を足早に出て行き、残された俺達はめいめい、騒ぎ始めた。話題は転校生のことが主であったが、夏休み中の武勇伝や面白かったテレビ番組の話題にも花が咲いた。そうして数分が経ち、キムティーだけが教室に戻ってくる。
「あれ、キムティー。転校生は?」
 俺と共に教壇の目の前で雑談に興じていた太郎が訊いた。
「廊下にいるぞ」
「なんで一緒に入って来ないの?」
「こんな、誰もまともに席に着いてない状態で迎えられるか。ほら! お前ら、席に着け! こら、加藤! フライングすんな! 直ぐご対面できるんだから!」
 キムティーが声を荒げ指差した方向には、教室の後ろの扉を開けようとしているクラスメートの姿があった。こっそり転校生を見ようとしたのだろう。彼だけでなく、他の者もそれぞれ好きなように歩き回っており、なるほど、転校生を迎える状態とは言い難い。
 ……まあ、この状態で迎えれば、向こうも要らぬ緊張をせずに済むのでは、という意見もなきにしもあらずだが、担任教師としてはもう少しお行儀よくして欲しいところだろう。担任教師殿は歩き回る自由人どもに声をかけ、座らせようと試みる。
 幸い、学級崩壊しているというようなこともないため、皆おとなしく席に着いた。太郎も自分の席に戻る。
 そしていよいよ――
「よし、鵬塚。入って来い」
 キムティーが教室の外に声をかけると、扉がゆっくりと開いた。
 おぉ……
 小さく歓声が上がった。扉を開けた人物を因として。
 そこにいたのは一人の少女。つややかな黒髪を肩の辺りで切り揃え、下ろしている。茶色がかった黒い瞳はぱっちりと大きい。眉や鼻筋、小さな唇はその瞳との絶妙なバランスを構成しており、見目麗しいと評価するに値する顔立ちだった。簡単に言ってしまえば、転校生は大層な美少女であったのだ。
 当然、クラス中の視線がそちらに集まる。そのせいか、転校生は瞳を伏せてしまった。そして、ゆっくりとした足どりでキムティーの側まで歩いていく。
「さあ、自己紹介して」
 キムティーに言われると転校生はコクコクと頷き、白いチョークを手にとって黒板に文字を書き始めた。静寂の中で、カッカッとチョークを使うとき特有の音が響く。そして、十数秒ののちに、四つの文字が黒板に書かれた。
 鵬塚真依
 そのように書かれていた。
 先ほどキムティーが彼女を『ほうつか』と呼んでいたから、鵬塚はそう読むのだろう。下の名前は恐らく『まい』か。もっとも、そんな予想を立てなくとも、直ぐに本人の口から正解が発せられるわけだが……
 鵬塚が瞳を伏せたままで口を開く。
「……つか……いで……よろ……く……ねがい……ま……」
 ……………は?
 ぱちぱちぱち。
「ほれ。皆拍手ー。それじゃ、鵬塚の席はそこな」
 一人で拍手し、やはり俺の隣の席を指差したキムティー。
 というか、そのまま『自己紹介』を終わらせていいのか? 一番前の特等席に座っている俺ですらまともに聞き取れなかったというのに、二列目以降の奴らに果たして彼女の声が届いたのだろうか。恐らくは届いていないだろう。
 しかし、誰も文句を言わない。というのも、キムティーにここで何か言っても無駄だと分かっているからだろう。俺達二年七組一同、キムティーとの付き合いはもう三ヶ月以上になる。彼がわが道を行く性格であることは誰もが知るところだ。
 がた。
 鵬塚が俺の隣の席まで至り、座った。
 俺も一般的な高校男子。常に瞳を伏せがちだったり、声が異様に小さかったりしているとはいえ、美少女の部類に入る女子と仲良くするのはやぶさかではない。ならば、ここは声のかけ時だろう。
「俺、富安泰司。席が隣なのも何かの縁だし、困ったこととかあったら遠慮せず言ってくれよ」
 転校生との会話マニュアル隣の席編とでも銘打つ本があるとすれば十中八九載っていそうなセリフを吐いた俺。芸がないという無かれ。変に凝ってすべるよりはさぶくないだろう?
 そして、鵬塚の反応といえば……
 こちらを向いて俺と視線があうと急いで瞳を伏せた。続けて、コクコクと二度大きく頷く。そして沈黙。
 ……………
 え、それだけ?



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