第1話『星に選ばれし者』 11




「っつ!」
 オッサンの悲鳴が上がる。そして、俺は妙な浮遊感を味わう。誰かに抱えられている感触も。
 何が起こったのだろう。取り敢えず、オッサンに掴まれていた腕は自由になっている。そして、俺は今――
 ……これは何の冗談だ? 現状を理解するのは、現代社会を生きる一般市民たる俺には難しすぎる。今置かれている状況をそのまま誰かに報告した場合、どこの誰にも受け入れられないのではないだろうか。とはいえ、それでは話が進まない。仕方がないので、俺は勇気を出して現状をここに記そう。俺は今……空中にいる。
 覆面を被った人物に抱えられ、俺は宙に浮かんでいるのである。俺と覆面の人物は、林の木々の半分ほどの高さを漂い、オッサン達を見下ろしている。
 オッサン達は呆気に取られてこちらを見ていた。しかし、そのうち一名が我に返って物騒なものを構える。そこは是非とも放心し続けて欲しかった。
 ばんっ!
 大きな音が響き、恐らくは弾丸がこちらに向ったのだろう。俺は並の動体視力しか有していないため、さっぱり見えやしないが……
 ひゅっ!
 そこで、覆面の人物の意思の為せるわざか。俺達は急旋回した。そうして弾丸を避け、それからゆっくりと地に降り立つ。
「……が……てて……」
 と、覆面の人物。それだけ口にして、オッサンどもに視線を向け、飛び出す。一応述べておくと、『彼女』は文字通り飛んでいった。
 覆面の人物は、先ほど彼女の自宅で目にしたままの服装に覆面をつけただけといういでたちである。そのため目にした瞬間に分かってはいたが…… 今の聞き取りづらい声を聞いて確信した。とはいえ、それでも夢なのではないかという思いは抱いたままである。
 キキィ!
 また突然の登場だな……
 俺の直ぐ側に高そうな車が止まる。鵬塚家の外に駐車されていたものにそっくりだった。そして、そこから導き出される予想に違わず乗っていたのは、鵬塚兄だった。
「一日目にしてさっそくトラブルを呼び込んでくれるとは、いやはや面白いね、君は」
「別に好きで拳銃保持者に遭遇したわけじゃねぇよ」
 嫌味を言っているらしい鵬塚兄に軽く言葉を返してから、覆面の人物に瞳を向ける。
「やっぱあれ、鵬塚ですか?」
「まあね。一応面が割れないように被らせた」
 面が割れたら困る理由が――あるんだろうな。俺の視線の先で繰り広げられている光景を鑑みるに。
「なあ、永冶さん」
「何だね」
「鵬塚が弾丸をはじいてるぞ」
「そうだね」
 そう。俺の視線の先で、鵬塚はオッサンどもが撃ち出している弾丸をはじいていた。特に道具も使わず、手をかざすだけで。
 そして、オッサンどもがその光景を目にして半狂乱になっている中、鵬塚の右腕が勢いよく天を指す。その間も、彼女は左腕を前方にかざし、不可視の壁を作り上げてオッサンの放つ弾丸をはじいていた。
「拳銃くらいなら余裕ではじくさ。戦車の大砲であってもその気になればいけるしね」
「そいつは凄い特殊能力だな」
 というか、どこの夢物語に迷い込んだのやら。
「星術。そう呼ばれている。簡単に言えば、魔法のようなものか」
「ほしじゅつ? 宇宙に浮かぶ星の術と書いて星術か?」
「そう。星が持つ膨大なエネルギーを変換して不可思議な術を行使する、それが星術だよ。そして、星術を扱える者を、星に選ばれた者――星選者という。それが、真依だ」
 その星選者殿が何かしたのか、オッサンどもがいる場所の上空に黒い雨雲が立ち込める。そして――
 どんっ!
 小規模の雷がオッサン三名を貫いた。彼らは倒れこみ、地面に突っ伏す。
 ……生きてるのか、あれ?
「なあ」
「ちょっと待ってくれるかい。……もしもし。すみません。真依が星術を使いました。レベルワンです。ええ。それで? アメリカで小規模のハリケーン…… 死傷者はなしですか。わかりました。ありがとうございます。対処はまかせます。ええ。ええ。それではこれで」
 鵬塚兄は携帯電話を耳に押し当て、よく分からない内容を口にしていた。
「今の電話は?」
「部下にちょっと報告をね。それより、さっき言いかけたことはいいのかい?」
 ああ。そうだった。
「あのオッサン達、死んでないよな?」
「大丈夫だろう。レベルワンの雷なら、心臓に疾患のある者でもない限り、命の危険に晒されるということはないよ。お。真依、お疲れ」
 コクコク。
 トコトコと歩いてきた鵬塚は、相変わらずジェスチャーで応える。この社会不適合者があんなことをしたってのは、にわかには信じ難い事実だ。というか――
「実際に目の前で起こったことを疑うのも馬鹿らしいんだが、トリックじゃないだろうな。兄妹で俺をかつごうとしているとか」
「おいおい。君の危険を察知して文字通り飛んでやって来た真依に失礼じゃないか」
「そもそも、そこも疑問なんだよ。どうやって俺のピンチを知ったんだ? それも星術ってやつの効果か?」
「いや。それは盗聴器の効果だ」
 ……は?
「星選者というのは特殊な存在でね」
 確かに特殊だな。どう考えても。てか、盗聴器に関しての話はどうした?
「この地球上に唯一人しか存在し得ない。星選者が死ぬと、その命日と同じ日にこの地球上で生まれた者の誰かが新たな星選者となる。そういうメカニズムを採っている」
 うん。特殊だな。
「その上、星術の行使や星選者の感情の高ぶりを契機として、この星のどこかで自然災害が巻き起こってしまう」
 特殊過ぎるな。てか、傍迷惑な話だ。……ああ、先の鵬塚兄の電話の内容もその関係か。
「更に言うなら、星術の威力は現代兵器を凌駕してしまうものでね。星選者のいる国は国際的な場での発言力が自然と高まるし、他国から優遇されることが多い」
 要するに、ナイフをちらつかせて金をせびる不良状態というところか。しかも、それをとめる警察的立場の者もいない。
「そして、だ。他国の人間は星選者を殺そうとすることがままある。つまり、君がそれに巻き込まれないとも限らないため、盗聴器を――」
「って、ちょっと待て。そこで何で、その……星選者か? それを殺そうとするなんて話になるんだ?」
「現星選者を亡き者にすることで、次の星選者こそ自分の国に生まれるように……だよ。星選者の存在が確認されたのは十九世紀にはいってまもなくだったが、それから星選者の暗殺は何度も起きている。真依の年まで生きているのは珍しいくらいだ」
「こいつも命、狙われたことあるのか?」
 鵬塚を指差し、訊く。
「何度もね。まあ、真依のことを知っているのは僕と国の偉い人が数名、そして、君だけだから、そうそう情報なんて漏れないんだけどね。それでも、ごくたまに襲われることはあるよ。星選者がもたらす利益を享受するために、お偉いさんがたは他国に対してその存在をアピールする。だから、日本各地に色々な国の人間がもぐりこんで目を光らせているんだ。たまたまその人間の前で星術らしき力を片鱗でも見せれば、さっき君が向けられたみたいなのとは比べ物にならない物騒なものを向けられるさ」
 拳銃以上に物騒なものというのはどんなものなのか。ごく普通に暮らしてきた俺にはさっぱり分からない。
 それにしても――
「そんな事情なら、もっと厳重に警備をしいていた方がいいんじゃないのか? そうじゃなくても、それこそどっか安全な場所に引きこもってた方が……」
 フルフルっ!
 鵬塚が珍しく、首を激しく振った。
「……元々はそうだったよ。真依の安全のため、というよりは、あれは隔離と調教のためだったけどね」
「か、隔離と……調教?」
「真依が生まれて直ぐ、どこからかお偉いさんがかけつけて、生後間もないこの子を連れて行った。そして、核シェルターのような場所で必要最低限のものだけ与え、ひたすら事務的に接した。必要以上に感情を乱さないように育てた――いや、造った」
「……それはいつまで?」
 現状を鑑みるに、いつまでもその状態は続かなかったはずだ。
「真依が十二歳の時、つまり四年前までだ。僕が国の上層部に上り詰めるまで真依は本当に最低限のことしかされずにきた。あまり感情が高ぶらないように必要以上の情報を与えられなかった。言葉少なでジェスチャーが主なのはそのためだよ」
「それでなのか。ん? ところで、国の上層部って……」
「ああ。言っていなかったかな。僕はこう見えて内閣総理大臣なんだ」
 ……は?
「いや、待て。それはおかしいだろ。テレビでみる総理大臣は、もっと年寄りでいかにも政治家って感じの――」
「あれは内外への顔としての人物だよ。先ほど電話で話していた相手もあの人だ。あんまり若造すぎると舐められるからね。実務は僕がやって、テレビ出演や対外政策での出張には彼が行く」
「……でも、一応ここって民主国家ってやつなんだろ?」
 地面を指差して訊いた。当然の如く、鵬塚兄は頷く。
 そうだよな。そのはずだよな。なら――
「ソーリダイジンとやらは民主的に決められるものなんじゃねぇの? ほら、テレビとかで総裁選ってやつの中継やるじゃん」
「あんなの建前だよ。実際は裏でこっそりと優秀な人材を選出し、天皇陛下含め遠く平安から続く名家のおッさんどもの意見で決する。大抵はその名家の出身者が選ばれるけど、まあ先の密談の際には僕の優秀さが特出していたことに加え、こっちの方も努力したからね」
 そう口にし、鵬塚兄は右手の人差し指と親指で輪を作って見せた。一般に、金、諭吉さん、金の最中と呼ばれるものを沢山用意したということだろう。
 何というかまあ…… 妙な裏事情を知ってしまった。……気にしないことにしよう、うん。実質的に俺に利益も不利益もないわけだし。この話題はあっさり流すとしよう。
「なるほど。それで誰からも文句を受けることなく、鵬塚を解放できたわけか。……けど」
「勿論」
 俺の言わんとしていることを察知したのだろう。鵬塚兄が途中で遮った。
「僕らにとって好ましくないお偉方さん達も、真依のせいで自然災害が発生する可能性を低くしようとした。世界のために、そういうご立派な正義を抱えていたんだ。それに、真依の安全についても考えていた。だから、僕がしたことが絶対的に正しいとは思わない。でもね――」
 そこで鵬塚兄は愛しそうに鵬塚の頭を撫でる。
「人は少なからず他人に迷惑をかけて生きている。例えば、君たち子供だって親に養ってもらっている。親には愛情があるからそれを迷惑だとは思わないだろうけど、見方を変えてしまえばやはりそれは迷惑に他ならない。人は、他人に迷惑をかけずには生きられないんだ。なら、真依だってそうじゃないのかい? 真依がかける迷惑がたまたま規模が大きいだけ。それだけなのに、なぜ僕らは我慢をしなければいけないのか。人らしく生きてはいけないのか」
 鵬塚を見詰める鵬塚兄の瞳には一点の曇りもない。その瞳で彼は、心の底からいとおしそうに鵬塚を見詰める。
 ……ふぅ。どうにも弱いな、こういうのには。
 それはさて置き、この場合――
 少し感傷的になりかけた頭を左右に振り、俺は鵬塚兄をまっすぐと見詰める。
「なあ、永冶さん。今回のことで鵬塚はまた転校か?」
 ビクっ!
 俺の言葉を耳にし、鵬塚が肩を跳ね上げる。そして、鵬塚兄に弱弱しい視線を投げる。
 鵬塚兄は沈黙した。しかし、しばらくすると柔らかく笑み、ゆっくりと首を横に振る。
「いや。あの銃刀法違反者達には目撃されたが、一応覆面をしていたことだし、彼らから海外に情報が漏れるとは思えない。そもそも、犯罪者の妄言として扱われるだろう。まだ転校するまでには至らないよ」
「そうか」
 ふぅ。
 俺の呟きにかぶさって、鵬塚が安堵のため息を吐いた。そりゃあ、さすがに転校した日の翌日に転校はしたくないわな。
「それで、富安くん」
「何だ?」
 鵬塚兄の目つきは厳しい。えらく真剣な様子だ。……聞き返しはしたが、俺は彼が何を口にしようとしているのか予想できていた。あの魔法みたいな何とか術の目撃者である俺にこんな視線を投げるのだ。どんな言葉がこのあと飛び出るのか、大体分かるというものだ。
「問題は君なんだ。君も、真依の秘密を知ってしまった。本来であれば真依が転校するか、君が消されるか、なんだが……」
「……に……さん……!」
 ま。そういう話になるよな。とはいえ、消されるのは……勿論御免だな。ほら、まだ若いし。
「ったく。脅しに屈するのは趣味じゃないんだが」
「ならば明日は葬儀屋が儲かってしまうな」
「……別にあんたが暗に示していることを断ろうってんじゃない。脅されなくたってその話、受けてやるって言ってんだよ」
「そうか。やはり君は親切だな」
 そう呟くと、鵬塚兄はおかしそうにクスクス笑う。
 何かむかつくんだが……
「?」
 キョロキョロと俺と鵬塚兄を見て、鵬塚が不思議そうに首をかしげている。まあ、今の会話だけ聞いていたのでは意味が分からんわな。
「鵬塚」
 ビクっ。
 声をかけると、やはり肩を跳ね上げて驚く。相変わらず小動物ちっくな奴だ。
「お前は何がしたい? 俺達の学校、八沢高校で何がしたい?」
 マゴマゴ。
 視線を泳がせ、鵬塚は困ったようにモジモジし出す。それを目にしながら、俺は根気強く待つ。
 そうして二分ほど経っただろうか。鵬塚が口を開いた。
「……と……だち……い……ぱい……ほ……い……」
 相変わらず聞き取りづらさが半端ない。しかし、こいつ独自の言語になれ始めた俺にとっては解読は容易い。
「分かった。俺が第一号として、お前にそれがもっとができるように助けてやる。だから、頑張るぞ」
 鵬塚兄の考えに同調した勢いで少しばかり恥ずかしいセリフを吐いてしまった。でも、こいつだってしたいことをして、楽しく生きて、幸せになる権利がある。その手助けをしてやりたいと、そう思った。……その――友達として、な。
 先ほどの鵬塚兄の言葉は暗に言っていた。消されたくないなら、これからも、真実を知ってからでも、鵬塚の友達でいてやってくれ、と。けど、こんな風に思うのは、そうやって脅されたからってわけじゃない……はずだ。
 鵬塚は俺の言葉を受けて目を瞠っていた。珍しく視線もかち合う。そうしてしばらくして、彼女は笑った。
 コクコク。



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